第113話長沙

 劉備は所有欲がないのか得たものを捨て続けてきた。

 それは領土だけではなく、妻や子も同様である。

「そろそろ得て、保つということをしてもらわねば困る」

 そう考えた孔明は、弁才をもつ孫乾そんけん簡雍かんようを使者として、荊州全土に劉備の評判を高めさせていた。


 その結果として、簡雍はなんと大胆にも長沙太守にまで面会を求めていたのだ。


 長沙太守・韓玄は劉備の使者が来たと聴き会うのを躊躇ためらい、誰よりもまず信頼できる黄忠に相談した。

 黄忠こうちゅうあざな漢升かんしょう

 猛将であり老将である。

「会って良いものであろうか」

 韓玄は黄忠に問うた。

「お会いになればよろしい」




 使者である簡雍は生臭い話をさけて談笑した。

「わたしは長沙太守がどのような方であるかを拝見しに来ただけあり、劉玄徳に言いつけられたからではありません。また、太守のご意向を伝えなければならぬわけでもない。劉玄徳の嫡子・嗣徳が長沙に来るのは早くても半月後なのです。それまでゆっくりとお考えになればよい」


 談話はのびやかで、春風が吹いているようである。

 それを聴いていた黄忠は、

「劉景升、そして孫仲謀、曹孟徳の中でさえこういう人物はひとりもいないであろう」

 とひそかに感心した。




 簡雍が退いたあと韓玄は

「あのものは何をしにここへ来たのであろう」

 と黄忠に問うた。

「お聞きになったとおりです。太守のお顔を拝見するためです」

 黄忠は微かに苦笑した。

「顔を見て、雑談をして、帰る。それが劉玄徳の使者か。無能ではないのか」

「まことにそうお考えですか」

「いや……」

「あれほどの使者はどこにもいないとお考えならばいさぎよく劉嗣徳をお迎えなされ。兵を増やしたところで勝てはいたしませんでしょう」

 黄忠のなかば恫喝である。




 しかし韓玄は説得に応じようとせず、逆に黄忠を捕縛した。

 さすがにK○EIの三国志Ⅲで魅力10の男だけはある。

「早々に首を刎ねい!」

「黄忠さま、太守のご命令だ。悪く思わんでもらいたい」


『うん』

『あれは黄忠さまじゃないか』

『黄忠さまが一体何をなさったというのだ』


 長沙の民の間に動揺が走った。

 長沙の人々は劉備の良い噂を聴いてその支配下に入ることはまんざらでもなかったし、太守にそれを進言したのも黄忠だと知っている。




「どけ、どけ、どけい!黄忠どのを処刑するやつは俺が相手をしてやる!」

 魏延、字は文長である。

「我々も本意ではございませんが太守のご命令でして……」

「だまれ!おまえたちは黄忠どのがどれほど長沙のために尽くされたか知っているだろう!」

 魏延は民衆を説得する。


「みんなもよく聞け!これほどの功臣を打ち首などにしてよいのか!そんなことが許されてよいのか!自分の楽しみのために重い年貢をかけ、従わぬものはすぐ処刑、美しい娘が居ればすぐ城内に召し出し自分の慰み者とする。こんな生活にいつまで甘んじているつもりだ!」

 魏延は続ける。


「われわれの本当の敵は劉玄徳ではない、太守・韓玄である!そう思うものは我に続け!」




 こうして魏延に扇動された民衆によって長沙も劉操の手に落ちた。






「そうか、それで黄漢升はどうしている」

 問うたのは劉操である。

「はい、使者を出しましたが病気と申し誰にも会おうとしません」

 徐庶が言う。

「ふむう」

「おそらく仮病でしょう。処刑されかかったとはいえ、旧主に対する忠誠心がまだ残っているのでしょう」

「わかった。私が直々に会おう」




 黄忠は病気と称していたが、劉備の代理、劉操が面会を求めて来たので会うことにした。

「劉嗣徳と申します」

「黄漢升でござる。このようなむさくるしいところによくぞお越しくだされた」

「老将軍の名はよく知っております。いかがでございましょう。その力を父に、劉玄徳にお貸し願えませぬか」

「しかし……」

「老将軍の旧主に対する忠誠心はわかります。しかし今の世で人々が安心して暮らせる国を造るにはあなたのような人材が必要なのです」

「私はもう老骨の身、ここらで隠居しようかと思って居るところです」




「やはりジジイはただのジジイで、なんの役も経たぬ老いぼれであったか!」

 挑発する劉操に、黄忠は瞬間湯沸かし器のように沸騰し、

「なんだと、この若造!訪ねて来たから会ってやったのに何という無礼な奴だ!!!」


 劉操はふっふっふと笑い、

「まだまだお若いではないですか。これしきの挑発に乗るなどと血気盛んな若者となんら変わりはいたしませぬ」

 黄忠は冷静さを取り戻し、

「なんとお人の悪い。若人が老人を試す、などとは」

 と言った。


「劉嗣徳、頭を下げてお願いいたす。漢升どの、どうか隠居などと申さず私どもを助けてくだされ」

 結局、黄忠は劉備よりも劉操に興味を持ち、劉操の近習として劉備軍に加わることで承諾した。




 一方で魏延である。

「魏延、よくやってくれた。これからも父のために力を貸してくれ」

「ははっ」


 しかし孔明は、

「嗣徳さま、魏延は一度は韓玄に召し抱えられた男です。それがどさくさに紛れて主人を殺し今、玄徳さまに仕えようとしています。これは都合によって主を変えるということです。信用できませぬ。彼は即刻処刑すべきです」

 そして、

「この魏延の後ろ頭が飛び出しているのを反骨の相と言います。これは裏切りの象徴であります」

 と語った。


――なるほどだからティエリ・アンリもアーセナルを裏切ってバルセロナでチャンピオンズリーグを獲ったのか、と劉操は一考したが、

「では父に仕えなくともよい。魏延、そなたさえ良かったらこの劉嗣徳の近習として仕えてくれぬか」

 魏延は感激のあまり泣きながら了承し、ひざまずいて劉操に礼拝した。




 こうして零陵・桂陽・武陵・長沙の南郡は劉操の手によって平定され、北部も劉備・関羽・徐庶によって落とされた。




 劉備一行は荊州という地盤を遂に手に入れた。






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※注 作者は真面目なヒューマンドラマ・アクションのサッカーものも書いています。

『168㎝の日本人サッカー選手が駆け上がるバロンドールへの道 ~小学生で身長が止まってもフィジカルの差を跳ね飛ばして世界最優秀選手になってやる!~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330649478561175


今日のアーセナルのレジェンド『ティエリ・アンリ』選手にピクッと少しでもキタ方は読むことを本当に自薦できる作品になっております。

ええ、作者は本当はとても真面目で、お釣りすら誤魔化せない小心者で、こんなのも書けるんですよ、ええ……

☆☆☆ご一読あれ☆☆☆

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