第112話武陵

「やはりどう考えても面白くない。子龍は桂陽城を落とすという手柄を立てさせているのに、この張益徳にはあくびをさせているとは何事だ」

 やけ酒をひとりあおりながら、張飛は言う。

「やはり若に掛け合い次の先陣は俺に任してもらわねば!」

 そう言うと張飛は劉操の部屋へ向かった。




「若っ!」

「なんだ飛……うっ、酒の匂いがする……」 

 一瞬で劉操は身の危険を感じた。


「若、いったいどういうつもりかお聞きしたい。子龍には手柄を立てる機会を与えながらなぜ俺には与えてくれんのだ!アアン!?」

「わ、わかった。次の先鋒はかならずそなたに任す。そ、それでいいだろう?」

「はっはっは、そうこなくては!」

「だが、失敗したらどうする?」

 張飛のすわった目が劉操を捉える。

「俺が失敗すると思っておいでかな?」

「し、失言でした……」


「さて、それでは出発するとするか!」

「おい、もう遅い。明日にすればいいのではないか?」

 張飛の目がギロっと劉操を捉える。

「し、失言でした……」




 一方、武陵ぶりょう城。

「なに、玄徳軍がついに来たか」

 武陵太守・金旋きんせんは言った。

「して敵の先陣は誰だ」

「張飛と申す者でございます」

「張飛!」

 一斉に城内のものは驚いた。

「張飛と言えば偽帝・袁術を討ったという豪のものだな」

「さようでございます。そして曹軍を長坂でひとりで防いだとも聴きます」

「うーむ、先んずれば人を制すだ!よしただちに城外二十里のところに陣を敷いて迎え撃つぞ!」

 それに対して諫める者が居た。


「太守、お待ちくだされ!」

「なんだ鞏志きょうし

「劉玄徳の名と仁義はこのあたりまで聞こえています。それに戦う相手は虎将・張飛。その軍に向かって戦を挑むのは無意味と思われます」

「なに!鞏志、おぬし戦う前から臆病風に吹かれておるのか!?」


「いえ臆病風に吹かれているのではなく、ここは領土・民の安泰を考えるべきです。劉玄徳軍は零陵・桂陽を落とし勢いは乗りに乗っています。いまその玄徳軍に向かっていたとしても結果は目に見えています」

「さてはおぬし劉玄徳と内通しているな!」

「そ、そんなただ拙者はいたずらに民を戦火に巻き込みたくないと思えばこそ……」

「ええい、だれかこやつの首を刎ねい!」


「太守、それはなりませぬ」

「さよう、鞏志は自分の意見を述べたまでのこと。打ち首は行き過ぎでございます」

「太守、なにとぞ寛大なお気持ちで……」

「むむむ……」

 金旋は不満げに

「よし打ち首だけは勘弁してやる。だが家で謹慎していろ!」




 そうして金旋は鞏志の忠告を聞かず城外二十里に陣を敷いたが、酒を呑んだ張飛に(作者が面倒で)一行の文面であっけなく蹂躙され、ここに武陵も落ちた。

 本当に結果は目に見えていた。





 ここで劉操は思わぬ人材を拾った。

 馬良ばりょう(字は季常きじょう)、そして馬謖ばしょく(字は幼常ようじょう)の馬兄弟と、廖立りょうりつ(字は公淵こうえん)である。

 孔明は、

「3人とも好人物です。馬氏兄弟も廖立もよき力となってくれるでありましょう」

 と判断した。

 実際に3人と語った孔明は馬良と義兄弟となり、廖立を『鳳雛に並ぶ人材』とまで評価したのである。

 あえて自分と比較しないところが誇り高い孔明らしい。




 玉となる人材を渇望していた劉備よりも、むしろ劉操の方に人材が偏っていくのであった。

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