第111話桂陽

 次なる劉操軍の目標は桂陽である。

「さて、桂陽も近い。まず誰が先陣をするか」

 劉操が言った。

「拙者を!」

「俺だ!」

 趙雲と張飛がそれぞれ言った。


「子龍のほうが少し答えが早かった。早い方に命じられてはどうです?」

 孔明が言った。

「軍師どの、返事の速い遅いで先陣を決めるなどいままで前例がない。なぜ俺を用いぬ」

 張飛が苦言を呈す。

「ではくじで決めたらどうかな」

 とまた孔明が言った。

「おう、それなら文句はない!」




 しかしくじで当たりを引いたのは趙雲だった。

「子龍、そのくじ取り換えんか?」

「益徳、未練だぞ」

「しかし、そこをなんとか……」

「いい加減にせんか、飛」

 劉操が張飛をなだめる。


「雲よ、手勢はどれくらいいる?」

「三千あればなんとかなりましょう」

「それで足りるのか?」

「もし敗戦したら軍罰をお受けいたす」

「よし、では行け!」


――悪く思うなよ、と趙雲は張飛に一言かけて出陣した。




 一方桂陽城。

「のう、曹操きたるの口車に乗せられたのが馬鹿だった。ここは潔く降伏しよう」

 桂陽太守・趙範が言った。

「太守、何を言われます!」

「さよう。劉備は皇叔と称しておりますが事実はむしろやくつを売っていた土民。そんな男の足元にこの桂陽の誇りを捨てるつもりですか」

「しかしこの桂陽を攻めてきているのは龍与傷槍りゅうよしょうそう龍奪命剣りゅうだつめいけんを持つ趙子龍という豪傑だそうだ」


「龍与傷槍、龍奪命剣……そして子龍。名前からして強そうだ……」

「最初から降伏しておれば相手の印象も良い。そうであろう」

「そうかも……知れません」

「これ降伏の使者をだせ!」


 趙雲は一戦もせずに名前だけで桂陽を落としてしまった。




「私は劉玄徳さまに逆らう気はございません。これが桂陽太守の印綬でございます。どうぞお納めくださいませ」

「これはかたじけない」

「酒宴の用意をしております。どうか軍旅の疲れを癒して頂きたい」

「いや本当にかたじけない」




 酒宴の場である。

 美しい女性が趙雲にしゃくをして周っている。

「ところで将軍と手前てまえは同じ趙姓でございますな」

「うむ」

「同姓であるからにはきっと先祖は一家のものに違いない。これを機に義兄弟の約束をしてくださいませぬか」

「よかろう。では今日より義兄弟だ!」

「ありがとうございます」




 趙範は目くばせをして、

「ところで、さっきから酌をしている女でございますが……」

「ふむ」

「あれは兄嫁でござって兄に先立たれてしまった。それからもう3年になります。そろそろ婿をとっても良いのでは、と申しておるのですが……」

「ほう」

「ところが兄嫁は3つの希望がございまして。ひとつは世に高名なこと。ふたつは先夫と同じ姓を持つこと。みっつは文武の才があるというまことに贅沢な望みでござる」

「ふむう」

「いかがでございましょう。願わくば将軍の妻としてはもらえませぬか?」








「この愚か者!」

 趙雲の怒りの鉄拳が趙範を襲う。

「この蛆虫うじむしめが!」

 それを合図に趙雲の手の者が桂陽城を占拠した。

 桂陽は実際に落城した。






「私は最初から嗣徳さまに逆らう気はございませんでした」

 連行されてきた趙範は言った。

「ところが趙将軍に兄嫁を献じようとしたところ将軍の怒りに触れ、城を落とされてしまったのです。なぜこんな目に合うのか理解に苦しみます」

「よくわかった。おって沙汰をする」

 そう言って劉操は趙範を下がらせた。






「雲、いまの話はまことか」

「はっ」

「美人と言えば愛さぬものはおらぬであろう。なぜ断った」








「昔から犠牲いけにえと申せば処女と決まっておりまする!」

 その趙雲の言葉の弾丸が、劉操の心臓を撃ち抜いた。


「ましてや龍に捧げる犠牲であるならなおさら……それを非処女の兄嫁などをあてがって良い気になるとは笑止千万でありまする!」

 突然の性癖のカミングアウトに、劉操の全身に衝撃が走った。




 さすがは全身肝である。

 自分の性癖をみんなの前でハッキリと言うのは、それはもう威風堂々としていて一周廻って格好良いのかもしれない……




「そ、そうか。そなたの言い分はよーくわかった。さがってよいぞ」

「はっ!」




 こうして劉操は、南郡の4つのうち2郡を手中としたのであった。

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