第110話零陵

 劉備軍(率いているのは劉操)きたる!

 この報は零陵を震え上がらせた。




「むむむ」

 零陵れいりょうの太守・劉度は落ち着かない。

「父上、何をそんなに迷われるのです」

 劉度の息子・劉延は父をたしなめた。


「これが迷わずにいられるか。相手は劉玄徳軍だぞ!玄徳軍には関羽・張飛をはじめとしたその名を天下に轟かした豪傑が多い。とても勝負にならん」

「何を弱気なことをいわれますか!我が軍にも邢道栄けいどうえいがいるではありませんか!」

「邢道栄が関羽や張飛と互角に戦えると?」

「彼は六十斤のまさかりを自由に扱えるほどの豪傑。関羽・張飛にひけをとるはずがありません。私に兵をお貸しください。邢道栄を先頭に劉玄徳軍を打ち破って御覧に入れます!」


「むむむ」

 しかし劉度はまだ迷っている。

――こんなことなら曹操きたるの報にそそのかされるべきではなかった!、と


「これだけ言ってもまだ迷われるのですか!何のために豪傑を召し抱えているのですか。こんな日のためでしょう!」

 それが決め手となって劉度は嫡子・劉延に1万の兵を授けた。

 劉延は城外三十里に陣を取り玄徳軍を待ち受けた。




「嗣徳さま、零陵城でございます。敵は城外に陣を敷いています」

「うむ。よし総攻撃を始めよ!」


「劉玄徳軍が攻撃を開始しました」

「きたか。邢道栄、その名を轟かしてこい!」

「おう、さあ我に続け!」




「さあ命の惜しくないやつはこの邢道栄に向かってこい!地獄に送ってやる!」

「俺が相手だ!」

「木っ端め!」

 さすがに武を持って仕官しただけあって、邢道栄はそんじょそこらのものでは歯が立たない。

 立ち向かったものは1合で斬られてしまった。

「もっと歯ごたえのあるやつはおらんのか!」


 そこへ四輪車へ乗った孔明があらわれた。

「そこにいるのはまさかりをよく振るうという零陵の小人か」

「なにィ!」

「われこそは伏龍とその名を謳われた諸葛孔明である。なんじら湘南の草民ずれがいくらかかっても歯の立つ相手ではない。すみやかに降参せい」


 だが邢道栄は実のない言葉では動じない。

「なにが伏龍だ。おまえの名前など聞いたことはないぞ!この大まさかりの餌食にしてやる!」

「ひけっ!」

 孔明は引き上げた。

「待て!青二才、逃がさぬぞ!」




 しかし孔明は伏兵を伏せていた。

 そこに待っていたのはかなり・・・酒気を帯びた張飛であった。

「ふふう、待って居ったぞ。おまえが少しばかり強いのを鼻にかけている邢道栄というやつか」

「なにやつだ!」

「俺は張益徳というものだ。少しは聴いたことがあるとは思うがな」

 ゲフっと張飛はげっぷを出した。

「さあ、酔い覚ましに相手してやる。来い!」

「おのれ、いわしておけば好き勝手なことを!この大まさかりの餌食にしてやる!」

「おまえの腕がどの程度のものか悟らせてやるぜ!」


 そして張飛と邢道栄は一騎打ちを演じた。

「つ、強い……これほどとは。とてもさばききれぬ……」

「やあっ!」

 その一撃で邢道栄は馬から落ちた。

「こ、降参する。降参するから命は助けてくれ!劉度さまにも降るよう進言する!」


 哀れ邢道栄は張飛の虜となった。

 眼前に引き立てられた邢道栄に対し、劉操は

「おぬしが武勇の誉れ高き邢道栄か……」

 となめるように一瞥したあと、

「よし、斬れ!」

 と張飛に命令を下した。


「ひえっ」

 と邢道栄はひるんだが

「いまさら降参なぞできると思うのが甘いのだ!」

 と酒気帯びしている張飛は、邢道栄の首を蛇矛を持ってひと刎ねした。


 そしてその間に別動隊を率いた趙雲が零陵城を包囲した。




 邢道栄の死を聴いた劉延は意気消沈し、全軍を率いて降伏した。

 そして趙雲に包囲された太守の劉度も慌てて降伏し、あっけなく零陵は劉操の手に落ちた。

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