第108話無念の軍功帳

 劉備一行の居城である夏口かこうでは勝利を祝って湧きかえっており、それぞれの手柄が軍功帳に登録されていた。

 祝賀の会ではその手柄話で持ち切りであった。


 そしてその宴もさなかの夜に関羽が手勢を連れて帰ってきた。




「おお、関羽!」

美髯公びぜんこう、帰りを待ちわびておりましたぞ!」

 劉備と孔明が同時に喜声を上げた。


「曹操の首を上げたのは、美髯公、おそらくあなたでありましょうな。さあさあ、功を述べて軍功帳に記録をあおぎなされ」

「それが……」

 関羽は言いにくそうに声を詰まらせた。


「拙者は功を述べるためではなく、罪を背負うためにここに参った。よろしく軍法に照らして処罰されたい」




ひげどのが罪を背負う……?曹操は華容かようの道には逃げてこなかったと言われるのか」

「いや軍師どのの言われた通り華容道かようどうには参りました。だが拙者が無能なるため討ち漏らしました」




「おいひげ!討ち損じただと!?あの赤壁から潰走し、疲れ果てた兵が髯の引き連れる精鋭が近づけぬほどよく戦ったと申すのか!?」

「でも、ござらぬがつい取り逃がし……」


「ならば曹操は討たずとも、その手下や大将はどれほど討ちとられたか!?」

「あまりに衝撃的なことがあってよくおぼえてござらぬ」




火下ひげ!きさまは昔曹操より受けた恩を思って故意に曹操を見逃したな!?」

「いまさら何の言葉もござらぬ。いさぎよく罪に服します」

「それですべて事が済むと思ってるのか!」

 孔明はエキサイトしてきた。


「このたびの戦はひとつ間違えば呉も我々も滅ぶ戦いであった!こんな大事な時に私情を挟まれ任務を果たさなかったのか!今回は何も起こらなかったが私情を挟んだためもし戦局が逆転されるようになれば味方の被害はどうなる!」

 孔明のアドレナリンはMAX状態で、苦虫を10000匹噛み潰したような顔になっている。

「この罪は重い、死罪に値する!関羽の首を盛大に・・・刎ねてさらし首にせよ!」

 その言葉に周りの者に緊張が走る。

 言っていることは孔明が正論である。しかし感情がそれを許さない。






「孔明待ってくれ!」

 すかさず劉備が声を上げた。


「孔明、私と関羽そして張飛はその昔、生死を共にせんと義兄弟の誓いを桃園で結んだ。関羽の死は私の死、そして張飛の死をも意味する。今日の罪は許しがたいものは確かにある。しかし関羽は『猫の計』で曹操軍を壊滅状態に追いやった実績もある。ここは私に免じて許してやってくれ。このとおりだ」

 劉備は孔明に向かって頭を下げた。




「それに孔明、そなたの天文では曹操の命運はここで尽きるのではなかったのか」

 それを聴いた孔明は一度外に猛スピードで走り出て、夜空を見上げて帰ってきた。


「どうやら天文をもう一度・・・・見ると曹操の命数が果てるのはまだまだ先のようであったのかもしれません」

 孔明は自分の間違いを素直に認めない。


「許すことはできませんが、我が君のお言葉です。従うことにしましょう。関羽・・行くが良い」






「のう、孔明。本当は関羽が曹操を討てぬことは見越していたのではないか」

「実はそのとおりなのです!」

 胡散臭く、孔明は断言した。


「それを承知で任務につかせ死罪は少しきついのでは……」

「でも我が君がとめに入りました。そして我が君がとめなければ嗣徳さまが、そして嗣徳さまがとめなければ張飛・・が、張飛もとめなければ他の者が……」

 その孔明の意図に劉備は不意を突かれた。




「問題はこれからのためなのです。関羽であろうと張飛であろうと趙雲であろうと軍紀を守らぬものは皆罰すという姿勢を示しておかなければなりません。軍紀を守ってはじめて強兵がうまれ、それが富国強兵のもといとなり、国が強くなっていくのです」

――もっとも私は本当に処刑したかったのですが、と孔明は恨みを込めて要らないことを呟いた。






 孔明はこうやって法律をもって劉備軍の中で劉備・劉操に次ぐナンバー3の地位を得ることに完全に成功した。

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