第105話曹操敗走 その3

「むっ、またも道が二つに別れているぞ。どう進む?」

「いずれの道も南郡に通じていますが、道幅の広い大道は50里以上も遠くなります。狭い方は山路となります」

「そうか、できることならば近い道のほうが良い。だれか山路を探って参れ!」




 斥候は帰ってきて曹操に報告する。

「申し上げます。峠や谷間からほのかに煙が立ち上ってございます」

「なにッ!」

「丞相、敵の待ち伏せに相違ありません。大道を行きましょう」

「ふふふ、余はそうは思わぬ。聞くところによるとこの華容道かようどうとは近辺に隠れ場所のない難所だということだ。敵は我々にこの華容道をとらせるためにわざと山路に伏兵が居る如く見せるため煙をたいているのであろう。劉備は我が同類であるとかねてから思っておったが、少しは知恵が廻ってきたではないか。おそらく伏兵の本隊はこの華容道にいるに違いない。兵書に言う、『虚なるときは実とし実なるときは虚とす』。劉備の手には乗らん。我々は山路をとる」




 だが疲れ切った兵にこの山越えはキツかった。


「丞相、雪が降り始めました」

 許褚きょちょが言った。

「うむ」

「山越えを急がねばなりません」

「たしかに山の寒気は厳しい。死にたくなければ急ぐよう伝えろ」



 悪いときには悪いことが続くものである。

「丞相、山崩れです!」

「やむを得ん。回り道をしろ」



 そしてさらに悪いことが続くのである 

「あっ、昨夜の雨で水が溜まってございます。渡れるかどうか調べて参ります」

 そう言うと許褚は馬で水たまりというにはあまりに大きな、水槽のような道へと馬を奔らせた。


「駄目です。下は泥沼のようになっていて、これでは馬も進めませぬ」

「ならばその上に木や竹を敷いて道を作れば良いであろう!」

 曹操のイライラはピークに達している。

「何をグズグズしておる!山に会うては道を開き、水に遭うては橋を架す。これも戦のひとつではないか!」

 激昂した曹操は

「さあ元気な者は道づくりに参加せよ!もし命に背くものがあらば余みずからが斬り捨てる!」

 と咆哮した。




 しかし疲れ切った曹操一行には橋づくりは難事であった。

「ええい、何をぐずぐずしておる。こんなところでぐずぐずしておれば追手に追いつかれる!仕事のはかどらぬ奴も斬る!」

 あまりの酷い言葉に曹操の周りの者の忠誠心は少し減少した。


「戦場で弓矢にあたって死ぬなら死にがいもあります。でもこんなところで死ぬなんて……」

「死ぬも生きるも運命だ!いまさら泣き言を言う奴は許さん!」

 ただ見ているだけの曹操を見て、周りの者の忠誠心はさらに下がった。


 この橋づくりの工事での飢えと寒さにより、残兵の3分の1が倒れた。

 そして橋が出来た後の峠越えでさらに3分の1の兵が倒れた。




 平らな道に出た時には曹操の周りには300余騎がついているだけであった。

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