第104話曹操敗走 その2

 曹操の周りではくしゃみをしているものが大勢いる。

 無理もない。この豪雨の中をひたすら逃げ続けなければならいのだ。

 云わばゴールが見えないマラソン・終わりのない鬼ごっこである。




「うん?丞相あそこに村が見えます!」

「おおっ!」

 曹操は喜色を浮かべた。


「このままでは旅は続けられん。あそこで食べ物を手に入れておけっ!」

「はっ!よしみんな集めて来い!」


 武装した曹操の兵は民家に押し入り、

劉玄徳・・・さまの命により食べ物を徴収する!劉将軍・・・の命に従わぬものは打ち首だ!心得よ!」

 と領民のヘイトを劉備に押し付けて食べ物を略奪していった。


「よし、馬に積んだらすぐ出発だ!」

 準備を整えた曹操一向はまた先を急いだ。




そこにまた伏兵らしきものが現れた。

「ああっ、また敵だ!」

「逃げろ!皆殺しにされるぞ!」

 徐州で大虐殺を起こした曹操もみずからの命はやはり惜しいらしい。


「待てい、待たれい!その旗印はわれわれの味方と見た!」

「なにィ!」

「味方だと!」


「おおっ、許褚きょちょに李典ではないか!」

 許褚は牛をも引きずる怪力と忠誠心、そして危機察知能力を備えた曹操の親衛隊隊長である。


「丞相、ご無事でございましたか」

「うむ。おぬしたちも無事で何よりだ」

 そう言って曹操は周りを見渡す。

「して他の味方の様子はどうじゃ」


「はっ、疫病にくわえ、敵の火攻めで軍はズタズタに分断され生死の数もわからぬ状態であります」

 李典が言う。

「我々も山を越え、難を逃れてここまで参った次第であります」

 許褚がそれに説明を付け加える。


「そうか、やむをえまい。こうなれば一刻も早く都に帰り、態勢を立て直すことじゃ」

 曹操は周りを鼓舞し、

「さあ、追手の現れぬうちに急ごう!」

 と逃避行を再開した。




「おっ、道がふたつに別れている。これはどう行けばよい」

「一方は南夷陵いりょうの大道、もう一方は北夷陵の山路に続きます」

「ではどちらを進んだ方が許都に近い?」

「南夷陵です。途中葫蘆谷ころこくを越えて行きますと非常に距離が短くなります」

「よし、では南夷陵を進もう」




「馬も兵も疲れ果ててしまったようじゃな」

 曹操は倒れ力尽きていく兵を見て言った。

「よし、ではここで休んでさっきもらった・・・・食料をもって休憩しよう。そしてたきぎを燃やして衣服も乾かすのだ」


 やっと曹操一行が一息ついた頃にそれはやって来た。


「曹操、よくぞここまで参った。すでに討ち死にしておるのではないかと、きさまの首を俺ほど大切に思ってやったものはお前の敵の中では他に居るまい。この張飛がその首をもらい受ける!」

「げえっ!あの長坂橋の勇者・張飛!」


 曹操たちは食をとるのも暖をとるのも休止してまた逃避行を再々開した。


「逃がさん!どけっ!どけっ!」

「ふせげっ、丞相だけはなんとかお守りしろっ!」


 曹操は張飛の名前を聴いただけで生きた心地はしなかった。

 目をつぶり、馬にしがみつき、数里をがむしゃらに走り続けた。


「丞相!お待ちくだされッ!」

 追いついてきた許褚が言った。

「丞相、ひとりで先に進まれては危険でございます。ここで追いついてくる部下たちを待ちましょう」

「たしかにそなたの言うとおりだ」

 曹操はそう言うと馬から降りて樹に背を預けて少しだけくつろぐことにした。


「ふーっ、疲れ果てたわい」

「お察しいたします」




 そのうちおいおいと散り散りになっていた部下が集まり始めた。

 だが誰を見ても傷を負っていないものは居らず、その疲れ果てた兵をまとめて曹操は再び進み始めた。


 まさに敗走につぐ敗走であった。

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