第78話江東の二張

 3000の兵を得たが、これではまだ心もとない。


 孫策は再び兵を募集した。しかし孫策に従う者はまったくいない。


 そこで程普ていふが提言した。

「若殿、江東こうとう二張にちょうという者たちを知っておりますか?」

「江東の二張?」

「世を憂い隠棲している賢者です。ひとりは張昭ちょうしょうといい天文地理にすぐれ、もうひとりは張紘ちょうこうといい才知に長けております。江東では右に出る者がいないと言われ、またの名を『江東の二賢』と申します」

「ふむ、その二賢をどうするのだ」

「もしそのような者たちが若殿の味方になってくれれば『あの二賢が付いたものならば』と募兵に応じてくるものも多くなるでしょう」

「なるほど……」


 さっそく次の日、孫策はまず張昭を訪ねた。

「なに、孫家の御曹司おんぞうしが訪ねてきただと?」

 張昭は今の世に見切りを付けている。

 孫堅が英雄であったとしても、その子供まではどうであろう。

孺子じゅし供に語るにあたわず。お引き取り願え」

 そう言って張昭は孫策を門前払いにした。




 しかし孫策は自分より賢いものにはとことん礼を尽くす。

 それから雨の日も風の日も、毎日のように張昭のもとへと通い続けた。

 張昭は根気負けして会うだけは会った。


「伯符どの、私は隠居の身です。いまさら生臭い世に出ていこうという気はござらん」

「そこをなんとか供に立っていただきたい。若年の私を先導する光となって、父の遺志を継がせていただきたいのです」

「なんと言われようともその気はござらん。お引き取り下され」

「今日は引き下がりますが、良いお返事をいただけるまで通います」

 さらに孫策は毎日通い続けた。

 今の時代でいうと警察に言えば出動してくれる事態である。


 しかし、それに心意気を感じた張昭は、ついにうんと言った。孫策の根気勝ちである。




 張昭が味方に付くと張紘も味方に付いた。

「張昭が見込んだほどの男であるなら」

 とあっさりしたものだった。


 そして孫策は再び募兵をした。

 すると孫策と周瑜の悪名を、江東の二張の名声が上回ったおかげで、応じるものがわずかだが出た。




「人の生きざま、思惑など意外なところで変わるものだ」

 孫策と周瑜は人はただ生きているだけはなく、人の心も生きているのだ、と感じた。


 二人はここで人の心の機微きびを察した。武将として、そして人として成長し一皮むけたと言って良い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る