第74話孫呉

 結局、江陵には曹軍に先回りされ劉備一行は劉琦が守る江夏へと落ち延びたのであった。

 そして、その善後策を連日協議していた。


「天下三分の計を実現させるにはまず魏と呉を争わせなければなりません。両大国を相打たせ、その力を削がせながらその間に当方は力を蓄える。すべてはそれからです」

 孔明の言葉である。

「だがこちらの望み通りそう上手くいくであろうか」

 劉備である。

「まもなくその機会が訪れるでありましょう」

「機会が訪れる?」

「ただいま魯粛ろしゅくと申すものが呉から劉景升けいしょうの喪を弔うと申して来ようとしていると聴きました。おそらくこの者はこちらの内情をうかがいに来ているのでしょう。そのものの帰路に私が一緒に付いていき、曹魏と孫呉を不俱戴天の仇に仕立て上げて御覧に入れましょう」


「いかに強大な呉国でも、百万の曹軍相手では恐れを抱かないはずはなく、呉は富強であるとはいえ孫策の死後実戦の経験が少なくなったうえに曹軍の兵備や実力がどの程度かわかっておりません。そこでひとまず使者を派遣して我が君に曹軍の実態を調査に来るのです」

 孔明は微笑し、

琦君きくん、呉の孫策が死んだときに荊州から弔問の使者が呉に行きましたか」

 と問うた。

「とんでもない。荊州は孫権の父・孫堅を殺した仇であり、そのため国境を境ににらみ合っていましたから」

「そうでしょう。劉景升と孫呉は仇敵同士。普通なら弔問など来るはずがありません。それを忘れて使者をよこすのは喪を弔うのではなく、公然たる密命大使でございましょう」

「ほう……」

 劉備は孔明の先の見通しに思わず感嘆した。

 さすがにこの男を幕下に招いて良かったと心底思っている。


「使者が来たら丁重にお通ししてください。そして我が君は何を聴かれても知らぬ存ぜぬで押し通してください」

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