第72話得難き将
趙雲は曹軍の群れから脱出して、味方のもとへと舞い戻った。
「おおっ、益徳!」
しかし趙雲を待っていたのは、張飛の咎めるような視線であった。
「子龍、おまえ曹操の軍門にくだったというのはまことか」
「馬鹿なことを申すな。軍門にくだっていれば阿斗さまを抱いてこんなに苦労はせぬ!」
「あ、阿斗さまだと!?」
「ここに抱いておる」
張飛はどもりながら
「す、すまなかった。おまえが曹操の軍門にくだることはない。一瞬でも疑った俺が馬鹿だった」
と謝った。
「そんな呑気なことを言っている場合ではない。すぐ曹軍が追いついてくる!」
「よし、ここは俺が引き受けた。子龍は阿斗さまを大兄のもとへ連れていけ!」
「益徳、ひとりで大丈夫か」
「おまえだってひとりで何十万の中を突破してきたのであろう。ましてやここは橋の上、一度には通れん。まあ任しておけ」
それを聴くや否や趙雲は馬を奔らせ、劉備のもとへと向かった。
「殿!」
「おおっ、趙雲!」
「殿、もうしわけございません」
「どうした」
「阿斗さまは無事お守りいたしましたが、奥方さまはふたりとも……」
劉備は目を見開き、
「奥の身になにがあった」
と言った。
「はい。発見した時には、甘夫人はすでに亡くなっており、糜夫人は足に深手を負われ足手まといになると井戸に身を投げられてしまいました」
劉備は無念そうに――そうか、と呟いた。
「阿斗に怪我はなかったか」
「はっ、ここに」
趙雲は阿斗を劉備に渡したが、劉備は
「こんなもの!」
と言い阿斗を放り捨てた。阿斗はしたたかに頭を地面に落ちていた石で強打した。
「趙雲、すまなかった」
劉備は趙雲に語り掛けた。
「お前のような臣はまたとこの世で得られるものではない。それをあやうく戦死させるところであった。子供はまた産めば得られる。しかしそなたのような良き将はまたと得られない」
劉備は一息つき
「自分の子をかわいく思うのは誰もが同じこと。それだけにその笑顔ひとつ、泣き顔ひとつが父親の気持ちを弱める。おまえが命をかけて守ってきたものを決して粗末にしたのではない」
趙雲は一筋涙を流し、
「今のお言葉、趙子龍生涯忘れはいたしませぬ」
と改めて劉備に忠誠を誓った。
一方阿斗は他の家臣によって地面から拾われたが、グッタリとしている。
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