第71話子龍、宇宙を駆ける その2

「ご夫人、阿斗さま、いずこにおわす!」

 趙雲はもと来た道を馬で戻った。

「も、もし将軍……」

 倒れかかった農民が語り掛けた、

「むこうの農家の陰におさなごを抱いた貴婦人がいらっしゃいます」

「なにっ!」


 趙雲は農民が指さした方向へ馬を降りて奔った。

 そこにいたのは甘夫人であったのもの・・・・・・と、阿斗を抱いた糜夫人であった。

「奥方さま!」

「おお、趙雲……」

 糜夫人は声を絞り出した。

「この子をはやく夫のもとへ」

「そんなことはもとより。さあ奥方さまも……」

「私はもう動けませぬ。この足をごらんなさい」

 糜夫人の足からは大量の血が流れていた。


「たとえ足が動かなくとも、我が愛馬・白竜があればへっちゃらでございます」

「私がお前の馬に乗ればお前はこの子と私を両方守りながら敵中を渡ることになります。そんなことをしてその子の命を守れると思っているのですか……」

「しかし奥方さまを一人残して立ち去れませぬ」

「こうしている間にも敵はどんどん近づいて参っているのですよ!」

 その糜夫人の言葉に、

「すぐ馬を連れて参ります」

 と趙雲は答えた。


 趙雲が馬を連れて戻ると、

「趙雲、その子の運命はそなたにかかっている。私に心をかけてくれるのは嬉しいが手の中の玉を砕いては成らぬ。きっと嗣徳どのの良き藩屏となってくれるでしょう。今なら甘夫人も近くにおり寂しくはない」

 と言い残し糜夫人は井戸に身を投げた。


 趙雲は悲しんだが、いつまでも悲しんでいるだけでは、敵の奥深くに取り残されるだけである。

「阿斗さま。しばらくのご辛抱を……」

 そう言い馬に乗って曹軍の中を突っ切った。




曹洪そうこう!」

 それを見ていた曹操は言った。

「あのものは何者だ。我が陣をまるで無人の野を行くが如く駆け抜けている。だれか知っているか」

「さて」

「曹洪、おぬし誰か確かめて来い」

「はっ」


 命令された曹洪は趙雲の前に立ちはだかった。

「さぞ名のある武将であろう。名を聴かせてもらいたい!」

「我が名は趙子龍、行く手を阻むつもりなら龍与傷槍りゅうよしょうそう龍奪命剣りゅうだつめいけんでお相手しよう!」

「趙子龍!」

 それを聴くと曹洪はくるっと向きを変え、曹操のもとへ復命に参った。


「彼は趙子龍、龍与傷槍と龍奪命剣というふたつの獲物を持っているどうやら豪傑のようです」

「子龍という名前に龍与傷槍と龍奪命剣か……なんとも強そうなやつだ」

 曹操は龍奪命剣が自分が夏侯恩に与えた青紅せいこうの剣であることを知らない。


「あのものをよく見よ。嬰児えいじを抱いたまま戦っている。あるいは劉備の子どもかもしれん。そのためにわざわざ舞い戻ったのだ」

 と感動を隠さずに曹操は言った。


「劉備には過ぎたる将が関羽のほかにもいたのだ」




『追うな』と命令した曹操は――あの敗走しかしない劉備のどこがそんなに良いのか、と呟いた。

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