第70話子龍、宇宙を駆ける その1

 劉操たちは劉備一行に追いついた。

 劉操たちが速いというより劉備たちが遅いのだ。

「おお、操。無事であったか!」

「はあ、まあなんとか」

――劉操は本当にこいつは心から心配してるのか、といぶかしみながら返答した。


「飛、庶。無事で何よりだ」

「はっ、大兄もご無事で何よりです」

「ところで趙雲の姿が見えぬが……」

 そこへ注進が入った。


「残念でござります。趙子龍が心変わりを起こし、曹軍に寝返りました!」

「なにっ!」

 劉備は頭がクラっときた。

「馬鹿を申すな、趙子龍という人物はそんな男ではない!」

「しかし曹軍に入っていくのをこの目で見ました」

「まさか……私には信じられぬ……」




 その噂の趙雲は荒野を駆けずり回っていた。

 新野から劉備の妻子を守っていたが、ここに来て見失ってしまったのである。

 趙雲はその責任を感じ、血まなこになって敵味方の中を愛馬・白竜とともにほうぼう奔り回っていた。

「ご夫人はいずこ!阿斗君はいずこにおわす!」

 そこへ逃げてくる兵士がいたので趙雲は問うた。

「おまえたち、ご夫人の姿を見なかったか」

「私が見ました」

 ひとりの兵士が答えた。

「髪を乱して百姓たちの間に混じって逃げられました。あちらの方向でございます」

「よし!」


 趙雲は駆けた。

 向かった先では風采の立派な将が行軍をしていた。

「そこへいくは身分のある将と見た。劉玄徳が家来、趙子龍が相手をする!」

 趙雲はそう言うとお供の兵を蹴散らした。


「たあっ!」

 敵の将はけなげにも槍を突き出したが趙雲には当たらない。

「槍というものはこうやって使うものだ!」

 龍与傷槍りゅうよしょうそうの一撃でその将は葬り去られた。


「うん?」

 その将が持っていた剣に趙雲は心を奪われた。

「素晴らしい剣だ」

 その鞘には青紅せいこうと彫られていた。

「こ、これは青紅の剣。するとこいつは夏侯惇の弟・夏侯恩かこうおんか」

 曹操は夏侯恩を気に入り秘蔵の名剣『青紅・倚天いてん』の二振りのうち倚天を自ら腰に帯び、青紅はお気に入りの夏侯恩に与えたという。


「これぞ神の思し召し。龍奪命剣りゅうだつめいけんとここで名を変え、我が手のものとなるが良いであろう」

 あとで鞘の名を職人に彫り直させようと趙雲は一旦思い、

「道草を食ってしまた。早く糜夫人・甘夫人・阿斗君を探さなくては」

 と考えを切り替えてまたもや愛馬にまたがりつつ

「ご夫人、阿斗様はいずこか!」

 と駆け巡った。




 だがこのとき趙雲の周りは雲霞のごとき敵影におおわれていた。

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