第69話新野脱出

『劉備、江陵へ逃げる』の報は新野にも伝わった。


「ぐぬぬ、またしても我らは置き捨てられたか!」

 劉操は歯噛みをして悔しがった。

「若、俺や子龍、そして元直(徐庶)も居ります。殿に追いつくまでの撤退戦はなんとかなりましょう」

張飛が言う。

「さよう、私に策があります」

 そう徐庶は言った。


「まずは嗣徳さまの名において城下に高札を掲げるのです。『避難せぬものは皆曹軍によって徐州の民の如き虐殺の目に合う』と。そして城を空っぽにして曹軍にくれてやりましょう」

「ふむ」

「子龍、そなたは乾燥した柴・茅などを充分に用意し、それに硫黄火薬をつつみ新野の楼上に積むのだ。そして西門・北門・南門から一斉に火を放ち新野城を火の海とする」

「おう!」

「益徳、きみは東門に兵を伏せ殺到してきた曹軍を一掃したまえ!」

「おう!」




 果たして曹仁率いる魏軍先遣隊はもぬけの新野城に入場した。

「ふむう。おかしい、人っ子ひとり居らぬとは……」

 そのとき三方から火矢が放たれた。

 強風に煽られた火はたちまち新野城を呑み込み、火薬によって曹軍は混乱に陥った。


「火の抜け道はどこだ!?」

「はっ、東門が無事の模様です!」

 曹軍は東門に集結したがそこに待っていたのは張飛であった。


「それ弓矢を放て!」

 無数の弓矢が曹軍を襲い、死傷者は増えた。

「よし、このくらいでいい!」


 劉備一行の定住先になるかと思われた新野城は燃え落ちた。


「嗣徳さま、いかがなさいました」

 徐庶が問う。

「私は過去何度も何度も父に捨てられ、今また父に捨てられた。父に荊州を取るようせまったが、またもや定住の地を失った。我らの向かうところはどこであろう」

 徐庶はその質問に答えられない。


 そこへ猫が通りかかった。

「羽の大事にしていた猫ではないか」

 劉操はその猫を抱き上げ、

「関羽が増や繁殖していた猫もそなた一匹にまで戻ってしまったか……名前を持たぬそなたですら定住の地が欲しく、飼い主のもとに戻りたいであろう。猫の手も借りたいと申す。そなたの力で良いから私に貸してくれ」




 そう言って籠に入れ、劉操は夏侯響歌とともに逃避行を開始した。

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