第6話我が義叔父、糜竺

「とにもかくにも氏の力を仰がなければならない。糜氏は徐州の名家中の名家、その娘を娶ったのだ。我らが落ちぶれたとはいえ悪いようにはすまい」

 そのとおりで糜氏の長である糜竺びじくは妹を劉備の夫人にしただけでなく奴僕2000人、金銀貨幣をなどを提供し劉備の勢力回復に努めている。

 来るべきときに向かって力を蓄えることとした一行は小沛を新たな本拠とするため行軍を開始した。

「漢の高祖の出発点は沛であった。私の出発点も沛の文字が入っている。縁起がいいこととは思わないか」

 劉備はつとめて明るく言った。

「そうですな。何事も悲観的になるだけではいけません。失敗をしても繰り返さなければいいだけのこと。そのときは呂布の首を拙者が刎ねさせてもらいます」

「呂布の首を狙っているのは雲長兄貴だけではない。ここにもおりますぞ」

 関羽と張飛が言った。

 この失敗を国単位で繰り返すから、領土がなくなっちゃって最終的には滅亡しちゃうんだよなあ。


 小沛には先に糜兄弟が付いていた。

「おお、玄徳さま。このたびのことは誠に残念でした。またご夫人を亡くしたこと厚くお悔み申し上げます」

「糜竺どの。あなたが居なければこの劉玄徳、再起不能となっていただろう。あなたの援助にこそ厚く御礼申し上げる」

 竺といういみなを呼ぶことからして劉備の方がすでに立場が上なのだろう。

 この当時諱で名前を呼べるのは両親・主君など上の立場の者だけだった。

 成人するとあざなという第二の名前を持つことになる。

 劉備でいうと姓が劉、諱が備、字が玄徳である。

 子供のころの劉備が玄徳と呼ばれることはないし、逆に義弟である関羽や張飛が『劉備さま』ということもなかったのである。

 ちなみに劉操はまだ成人していないため字を持ってはいない。


「なんの、我が家の財を傾けてでも玄徳さまに世に立ってもらいます」

「しかし、糜氏の財を傾けてまで私に投資していただいても返すものがない。何がお望みであるか先に言ってはくれぬか」

「私はこの乱世を治めるのは玄徳さまだと直感しております。あなたほどの器量を持った方はそうはおりませんでしょう。あなたがさまが大事をなされるときに、私はわずかばかりの功を立てて竹帛に名を残そうと願うだけです」

 竹帛ちくはくとは、紙の発明以前に文字を記したところものである。

 要するに糜竺は『劉備に従って自分も幾何か名を残したい』と言っているのである。


 劉操が見るに糜竺は大家の旦那そのものである。

 この世のものは自らの財によってすべて手に入る。

 鷹揚で争いを好まない、金持ち喧嘩せずというやつだ。


 しかしながら金だけでは手に入らないものがある。後世の評価というものである。

 彼は劉備という駿馬にまたがることによって、ただの金持ちで終わることを良しとしないのである。

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