第3話 故郷に錦を飾る。

 祠内部にて魔族と戦闘中、謎の光に包まれたその後。

 俺は一つになった聖剣と魔除けの剣と共に祠の外に出た……


 すると、これまで嫌というほど聞いた街の喧騒や戦闘音が聞こえてこない。

 閑散としたテニオスには人類連盟軍も魔王軍も見当たらない……


 消失。


 人間と魔族共に影も残さず見当たらない。


 それから俺はテニオスを練り歩いた。

 本当に生物がいないのかどうか。

 結果は人っ子一人どころか野良猫までもがこのテニオスに存在しない……


 だがその反面、俺は初めて見る景色に色々と感動した。

 オル村とは違う広大さに開放感を感じ、街の至る所に魔族たちが生活していた痕跡がある。


 村のように生活する居住地区や宿屋のような建物が並ぶ地区。

 他にも食材が並んでいたんだろうという棚に店……

 水が出ていたら綺麗に思えたであろう中央広場の噴水の残骸……


 今まで殺してきた魔族たちの生活が生々しく脳裏に浮かび上がった。


 まぁ予想はしてあった。


 高位の魔族たちには言葉を話す能力があり、彼らの表情は非常に豊かだった。

 当然感情が伝わってくるのを感じていた……


 そのあと、多少気持ちがへこんだが過去は過去なのだと三時間ほどで気持ちをすり替えた。


 そう。

 少年は、この世界の役割から解き放たれた1匹の鳥なのだから。

 自由に羽ばたく事がどれほど素晴らしい事かを実感できた。

 その中で残酷な現実があるのは幸か不幸か、それはこれからの自由にとって糧になるのだから。


 まぁ、御託はこの辺で。


 その先はしばらくテニオスに滞在した。

 街を見回るのに数日間を要し、

 その後も気に入った場所で歩き回ったり、走り回ったり、座り込んだり……コノコウイニイミハアリマセン。


 そして、テニオスから生物がいなくなって三ヶ月ほど。

 俺は、俺自身が殺した魔族、目の前で死んでいった同胞たちを供養する為に覚えている限りの墓を建てた。

 もちろんフロッグ様のも。


 それからまた二ヶ月間。

 俺は戦火に焼かれた建物の修復をしていた。

 木造の建物はテニオス近郊の森林から資源を調達。

 石材の建物は無人の石材店より拝借。

 ついでに装飾や園芸にも力を入れた。


 そうこうしているうちに八ヶ月程度が経過していた……装飾や園芸って手間と時間かかるのな。


 あ、あと因みにテニオス狂乱時代。

 戦闘で死んだ魔族や死んだ人は次の日にはケロッとまた戦場に居たよ。


 と、そんな事を振り返っていると前方より何やら声が。



「おい!!そこのキミ!!」


 多分俺に話しかけているであろう騎士様は目の前で馬を降りた。

 やっぱ俺か。


「はぁ〜い」


 気の抜けた返事に騎士は少し眉を顰めて質問する。


「こんな所で何をしている?」

「歩いてる」


 ルディは端的で的外れな回答をする。


「一人なのか?親は一緒じゃ無いのか?」

「うん。いない」


 肩を掴む騎士の方……なんつって。

 ん?なんだかデジャブ?


「よく聞け少年。ここは魔王領テニオス周辺だ。魔王は討たれたとはいえ、未だ魔族との交戦は残っている。キミの身の安全の為、早急に家に帰るんだ」


 隊を待機させて、膝を折ってまで子どもに警告なんて。

 できた野郎ですな、頭まで甲冑野郎さん。


「そうだ、君の家まで私の部下を一人つけよう——」

「——あー大丈夫。近くにおじいちゃんがいるからさ」

「そうは言っても、老人と子どもだけでは……」


 なかなか面倒見が良いが、正直めんどうくさい。


 よし。

 ……走ろう。 


「じゃ、急いでるんで」

「あ、ちょっとキミ!?」

「ほんとにだいじょうぶ〜村も、もうすぐだから〜」


 そう吐き捨てる歳十程の少年はオル村方面へと駆け出してしまった……


「あんな子ども、見覚えないが……」


 魔王領テニオス周辺。

 そこは高位の魔族や魔物が跋扈する地。

 そちらから来た少年はいったい……


「副団長、先を急ぎましょう」

「……ああ」


 ■■■


 ——やっと到着しましたよ……


「いやぁ久しぶりだね……故郷」


 十二年ぶりに目にする村の外観は大して変わらないもので。

 何処か懐かしい風を感じる。

 遠くに見える人影はどこか見覚えのあるもので、思わず口が動いてしまった。


「おーい、ルリス〜!!」


 俺の声に振り向く少女——

 一瞬驚いた表情に俯く顔。

 肩を振るわせながら、次第に足が動き。

 こちらに走り出した。


「ルディぃいい!!!!」


 そう泣き叫びながら俺の胸に飛び込んでくる少女からは、お日様の香りがして。

 それが何だか懐かしくて。


「……ただいま」


 気づけば、俺は自然とその言葉を溢していた。


 ■■■


「よくぞ帰って参ったなルディ」

「はい」


 現在正面に座るは"ジジ・ド・オル"このオル村の村長である。

 そして俺の左腕に力強くしがみ付く少女は"ルリス・ド・オル"ジジ村長の孫娘である。

 ……若干、腕の感覚が無くなってきた様な。


「して、何故にお前さんだけ村に帰還する頃合いが違ったのじゃ?」


 どうやら、話を聞くに俺以外に駆り出された村人達は先に帰還してたという認識なんだな。

 ここは適当にはぐらかすしかないか……


「それは、勇者様方より懇意にしていただき。しばらくの間、武芸の指導をしていただきました」

「ほう!なんと、それは立派な事じゃな。世界を救っただけで無く、次の芽をも振りまくとは。勇者様方には到底頭が上がらぬな」


 糸の様な目を丸くさせた村長は感心したように感慨深く頷くのであった。


 ご納得いただけた様で。



「まぁ、しかしな。一報は欲しかったぞ?」


 そう言って家の入り口に立つ美しい女性…

 えー、っと。


「お久しぶりです。アレシアさん」


 俺がぺこりと頭を下げると柔らかな手で優しく撫でられてしまった。


「主にこいつが大変だったんでな」


 そう言ってアレシアさんは娘であるルリスの頭もくしゃくしゃと撫でるのであった。


「もうっ!!髪が崩れるバカおかん!!」

「だっはっは!ルディが居ない"半年"で髪も伸びたもんな、おしゃれして可愛くなったな!?だっはっは!!」


 認識にたがわず豪快な笑い方だなぁ…この母様。


 と、ここでぎもーんふ。


 "半年"これは俺がこの村を離れた現実の期間である。

 しかし、事実。

 俺は"十二年"間を魔王領で過ごしました。

 この差はいったい何故でしょう。


 ちっちっち。


 正解は"よく分かりません"。


 原因は全くの不明だが。

 魔王領にて数年が経った頃、ある事に気づいた……それは。


『俺の身長伸びてなくねー!!?』


 魔王領で過ごす十二年間、目見てわかる身体への変化が全くなかった……まぁ正確には多少あったが。


 先天性のものかとも考えたが、途中から考える事を放棄した……考えてもチビのまんまだし?べ、別にいじけたわけじゃないし……


 んでまぁ一縷の望みを胸に抱きつつ村に帰ってきて一安心……歳の近いルリスのが幼いままだったから。


 そう思いながら左腕にしがみつくルリスの愛くるしい表情を眺めるのであった。


「なんだっルディ!!そんなに私の娘を見つめやがって!!まだ、ルリスはやらんぞ!?」

「なぬっ!?ルディが孫婿になるのか!?」

「恥ずかしいこと言うな!!バカおかん、バカじじ!!」

「ふっはは」

「もうっ!!ルディも笑わないで!!」


 何だろうな、この心地よさ。

 ただの認識なのにな。


 ■■■


 魔王領テニオスより南東に徒歩30分程度の距離。


「総員!!退避せよっ!!負傷者は自身だけを動けるものは負傷者を援護しながら退避だ!!」


 くそっ!!

 あと少しで障壁の張られたテニオスに到着するというのに!!

 どうなっているんだ、この魔物の数は……なっ!?


「ヴァ、ヴァンプ……ベアー」


 強大な敵に唖然とする隊員。

 すかさず隊員の前へと身体滑り込ます。


「ぐっ!!」

「ふ、副団長!?」

「かまうな!!こいつは私が引きつける!!先に行くんだ!!」


 逃げ遅れている隊員はあと数名、あちらは難を逃れた様だが……

 右視界に恐怖で身動きが取れない隊員一名。

 他隊員の援護は、望めない。


 無茶だがっ!!


「ハッ!!」


 目前のヴァンプベアー。

 頭部切り離しにより無力化完了。


「うっ……」


 今の攻撃の反動で右脚を負傷したか……


「うぁああああ!!」

「くそっ!!」


 彼女は右脚の負傷を度外視し走り出す。

 ヴァルトウルフの前脚が隊員に迫るが早いか。

 剣を振るうが早いか。


「ッ!!」


 腰の抜けた隊員は血を浴びる。

 目前には副団長の肩を貫通したヴァルトウルフの鉤爪。


「ヒッ!?」

「早くっ走れ!!」

「は、はいっ!!」


 負傷した右脚では踏み込みが甘く振るう剣がヴァルトウルフの力に負ける可能性があった。

 して、隊員を守るための最善とはこうすることであった。


 残されるは私の血に興奮したヴァルトウルフと……複数の魔物——

 今の行動で右脚の負傷は加速、その上左腕も使い物にならない……


 失血で思考が——


「——すみません……団長」


 そう呟くと同時に他方より迫り来る魔物の群れ——私は覚悟を決める。


「どうしたペトラ?そんな死にそうな顔して」


 その声に目を開くと目前には焦げる夕焼けに映る見知った影が……


「…………相変わらずですね…団長」


 "ディアーナ・フォン・ローズ"


 フーリッシュ王国騎士団・団長。


 勇者パーティの一員である。


 ■■■


「んで、まぁ街の外が騒がしいからこのオレ様が様子を見に来たってわけよ」

「申し訳ありません。ディアーナ団長」


 そう謝る彼女は床より起き上がろうとする。


「わあった、わあった。動くな、動くな。反省は後々だ。今はお前たちの無事が何よりだよ」

「申し訳ありません……」

「はいはい。もう、それうぜぇほど聞いた」


 死者0名、負傷者多数、重症者数名、テニオスの街にて聖女キリアを主軸に治療を行う。


「しっかし、なんであんな場所に魔物どもがいたんだ?」


 事前の報告ではテニオス近郊に見られた魔物はテニオスを覆う障壁を避ける様な形で森林奥地に生息しており。

 あの距離での出現は魔王討伐後以来、初の事象である。


「要因は不明ですが。種族を問わない魔物が足並みを揃えテニオスに向かう様子を見ました。推測にはなりますが小規模なスタンピードかと」

「スタンピードねぇ……」


 顎に手を添えそう呟くディアーナの脳裏には、数日前に出会った少年の影がちらつくのだった……

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