第2話 人の目に空見えず。

魔王軍と人類種の最前線、テニオス。

 各国より援護要請を受けた勇者一行は現地での激烈な戦闘を想定していた。


 しかし彼女らが目にしたのは、戦闘とは程遠い閑散とした街並みと一人の少年。

 得体の知れない少年に勇者一行は"撤退要請"と"魔王の討伐"が一方的に告げられる……


 ■■■


「……じゃ。僕はこれで」


 周囲の切迫した緊張を解くかの様にパッと勇者の手を離す少年は、そう言って一行に背を向けた。


「……まっ!!」


 緊張の糸が切られ呆気も束の間。

 焦る声で少年を引き止めようとする聖騎士ディアーナ——


「ダメです。ディアーナさん」


 しかし、その彼女の後ろ手を掴み、首を振る聖女キリア——


「あ、そうそう。魔王の死体、確認したいだろうけど行っても無駄足だよ。痕跡なんて残ってないから」


 最後にそう言い残し手の甲を振っている少年にはどこか無邪気さがあり。

 彼女らはその空気の不気味さを肌で感じとるのであった。


 ■■■


「っっ!!っっしゃぁあああ!!」


 と叫びたい気持ちは心に抑え……


「逆か」


 永らくお世話になった、魔王領——テニオスを出立し数十分。

 そろそろだろうと思わず叫んでしまった。


 何故なら俺はいま猛烈に感動しているから。

 ええ。それはもうこの上ない程に猛烈に。

 この世界に意識を持ち、はや十二年間、魔王を討伐してからはや一年間。


 そりゃ、辛かったですよ。


「説明しよう!……いや、振り返ろう!」



 現在から二十二年前、"フーリッシュ王国"最北西の地オル村にて生を受けた。

 しがない村民"ルディ・ド・オル"。

 少年の母は息子を出産した直後に亡くなり、それから男手一つでルディを育てた父親。

 その父も現在より十二年前に死別。


 十二年前のとある日、ルディの父親は魔王軍との交戦により呆気なく戦死した。


 その日、少年は十の歳を迎えたばかりだった……


 と、いうのが俺が持っている——"認識"。


 認識?『どういう意味だ』と聞きたいだろ?


 それは、こちらのセリフである。


 どう説明したら良いのか俺にも分からないが、コレはただの認識であり、俺の記憶ではない。


 つまり、先に説明した俺の人生記録は実際に経験した事実ではないという事。


 この違和感に気づいたのは、俺が十一歳になる頃だったと記憶している……



 魔王領テニオスにて戦死した、父に代わり息子の俺までもが戦場に駆り出された頃。


 俺の父の仕事は、"選ばれ者"のみが扱えるとされる、伝説の聖剣を祀る祠を守護する事。

 ついでに勇者の出迎え、案内も。

 そして、この仕事は先祖代々伝わる俺の一族の命であるらしい……が。


 なぜに、辺境の村民の一族がそんな事を担っているのか。

 そして、なぜ魔王領に祠作った?

 そもそも、魔王や勇者の争いはいつの時代も繰り返されているの?


 様々なことに疑問を持ち始めたのが十一の頃だった。


 それから俺は周りを観察した、主に戦線に立つ人間や魔族らを。

 その中で気づくモノがあった……


 それは。


 ——それぞれの生き物に定められた"役割"があること。


 人も魔族も家畜も植物、瞳に映る全てが一定の働きをして、常に循環している……


 そして。

 俺自身もその役割に侵されている事に気づいた。

 朝から晩まで睡眠も取らず聖剣が納められた祠を守護。

 気づけばまた朝がきて、夜に暮れていく。


 目の前で人間が死に、魔族が死ぬ、植物や地面は血で汚れ、家畜は音に怯える。

 非常に激しい交戦の末に拮抗する戦況……


 永遠と同じ事象が繰り返されている——



 その光景を繰り返すこと半月頃、俺はとある考えを持ち始めた。


 ——祠の中が見たい。


 選ばれし勇者のみが手にする聖剣とはどの様なな物なのか。

 祠の内部はどの様に造られているのか。


 気になって気になって仕方がない——

 だが、しかしそれを行動に移すには問題があった。


 そう。

 俺の役割は"何か"に縛られている。

 24時間祠の入り口前に立ち、祠に近づく魔族を定期的に追い払う——

 これ以外の行動は不可。


 しかし、その後も俺の思考だけは続いていく。


 朝起きて、欠伸をしながらつま先が祠に向かないか不意に力を入れてみたり。

 祠に近づいてくる魔族に対し、魔除けの剣で追い払いながらも、なんとか祠の入り口に一歩でも踏み込めないかと模索したり。


 そりゃ四六時中、躍起になってがんばりました……


 しかし、結果は変わらず。

 まぁ、そんなこんなで十数日が経った頃。

 テニオスに伝令がきた。


『光を導く勇者——このテニオスに向かう』


 それは、俺がこの状況から抜け出す唯一の手掛かりだった。

 俺の役目は勇者を祠へ案内して聖剣を託し、テニオスより魔王城へと向かう導き手。


 ——勇者がこの場所来る。

 それだけで現在の状況が一変するのだ……つまり。


 ——僕は自由になれるんだ。


 そう思った少年は心を躍らせた。


 ■■■


 その後。

 伝令より数日が経過した。

 少年の心は未だ高揚し、勇者様の来訪を待ち望む。

 一筋の光を頼りに自由への憧れを膨らませた。


 それの日より数日、数週、数月、が過ぎた頃。


 少年の心は消沈していた。

 一筋の光を頼りに永遠と繰り返される生死を目の当たりにして少年の心は深く荒んだ。


 と。まぁそんな時期が僕にもありました。


 しかし、その後の俺は楽観的思考をフル回転させ今日まではただの良質な休息だと……目の前で顔見知りが死んだり、魔族の臭い血を浴びたり……ええ。それが心の温もりだと。えぇ。


 さぁ、気持ちを切り替え。

 伝令を耳にする以前の試み。

 祠内部への進入を再決意。


 そんな決意の矢先、事件は起きた……


 決意を拳にした、視界の左端——


 なんと、低級な魔物筆頭ゴブリンくんが祠入り口のタイルを踏んでいるではありませんか。


 早急に身体を動かし排除する……ん?待てよ。


 待てよとルディさん、ゴブリンさんの首に魔除けの剣が刺さり断末魔が聞こえる最中……思考は巡る。


 何故、今まで一定の行動しか"できない"ゴブリンが。

 何故、祠入り口のタイルに触れることができたのか。


 更に言うと低級である魔物は聖剣を奪取しようなどという、高度な知能を持たない。

 更に更に言うと魔除けの剣は非力な十一歳そこらの少年が高等魔族を退けられるほどの高魔力を持つ。

 低級の魔物なんてモノは本能的に魔除けの剣に近づけない……


 これらから推察される事。


 それは——役割の変化。


 何かが変わった…何が変わったかは明確には判明しない。

 だがしかし、確実に以前にはなかった事象が節々に見られる。


 一番顕著なのはこれまでに拮抗していた人間と魔族の数。

 人間が少し減った。

 数で押され戦力の偏りが見えてきた。

 それに応じてか俺の対応する魔族、魔物の数も増えた様に思う。


 そして更に数日が経った頃……


 遂に俺は祠の入り口に立つことに成功した——


 祠に侵入する魔族を排除する為、踏み入れた足。


 気づけばそこは祠の入り口だった——


 その後は驚きの連続だ。


 本来なら戦闘を終えると自分の意思とは関係なく定位置に俺の身体は戻って行くはずが、その時の身体は不思議と軽く思え、前方に進みたいと思えば足が一歩前に、左右に移動したいと思えば、その方向に足の向きが変わる。


 いやぁ、感動したね。

 テニオスに来て二年が経とうとした頃、俺はやっと自分の身体を自分で動かしている。


 そして、俺はついに。


 ——念願の祠内部へと——


 寝る間も惜しみ夢にまで見た祠の中……マジで文字通り寝てないし、夢は見た事ない。


 内部は……驚愕だね。


 だって。何もないんだもん。


 殺風景な白い部屋。

 その部屋の中央にかっこいい剣が横たわっている……


 おしまい。それだけ。


 圧倒的に自分の足が動いた事の方が興奮したね。


 まぁ話は戻って聖剣ですよ。

 かっこいいのなんのって少年心くすぐる見た目だったよ……別の意味で。


 剣身が外側しかないのですよ。

 言葉で表すのは難しいが。

 剣を形取ったモノにしか見えない。

 内側がない。すかすかですよ。

 神々しい剣枠って感じ。

 あれかな、勇者が持つと彼の魔力が剣身になる的な。


 そんな感想を抱いた少年は何気なく聖剣を手にする。


『へぇ、案外軽いんだぁ……って、あれ?持てた?』


 あの…これって。勇者様の聖剣なんじゃ?

 選ばれし者のみが触れられる的な感じじゃないの?

 え、誰でも持てる感じ?


 そう、あたふたと頭に疑問を並べていると背中から声が聞こえる……


『フハハ。遂に、遂にこの時が来た。魔王様より拝命された聖剣の奪還。祠を守護する破魔の一族を退けた魔王軍は今日、聖剣の奪取に成功する!!フハハハハ!!』


 多分こんな感じだったと思う。


 まぁ当然と言われれば当然。

 今まで魔除けの剣で誰一人の侵入を許さなかった守護者が祠内部にいるんだ。


 そりゃ魔族の方だって入ってきちゃいますよ。

『あ、やべ』

 率直にそう思いましたね。


 どうしよう聖剣を置こうか、でもただの村人が持てるってことは高位の魔族さんはもっと持てるわけで。


 しかし、聖剣を置かねば魔除けの剣を扱えないわけで。

『き、貴様!!何者だ!?』


 あー。


『使ってみるか……』


 という事で俺は選ばれし者専用武器を力一杯に魔族さんの頭に目掛けて横振りしました。


 グギッとかドカーンとかゴロゴロとかポーンとかいう色んな音が祠内部に響きました。


 切るというか叩く?

 剣というか棍棒?

 ファーストコンタクトはそんな感じがしました。


 続いてニ擊目、祠の壁に埋まった魔族の方がこちらをガンを飛ばして、身体も飛んでくる。


 俺はその方に対して下方より聖剣を振り上げた。


 見事に右肩関節にクリーンヒット。

『わぁお』


 空中で見事な人型ドリルを見ました。


 しかし。

『関節狙っても切れないか……』

 比較的切断されやすい関節部分を狙い斬り込んだがやはり鳴ったのは打撃音のみ。


 魔除けの剣なら確実に切断されている……


 つまり、この聖剣は刃が機能していない。

 ただの金属の外枠である。

『にしては打撃に重量あるよな』


 そんなこんな戦闘中に研究中な僕の足を掴んできた魔族のお兄さん。

 そのまま振り回される少年の軽い身体。


 数度地面に叩きつけられぐるぐると遠心され放り投げられる。

 頭から壁に突っ込む。


『ガキが粋がるからこうなるんだ!!黙ってこのフロッグ様に殺されろ!!フハハハハ!!ハッハッハッ!!」

 みたいなことが薄らと聞こえてた。


 そんな中。

 振り回された挙句に壁に衝突した俺の身体から魔除けの剣が鞘より飛び出す。

『おっ』と思いながら剣の行方を目で追う……


 魔除けの剣は鞘より放出され柄頭に右回転が少しかかる。

 すると、俺が右手に持つ聖剣が煌々と光ったかと思うとそれに返事をするように魔除けの剣が輝き出す。


 その神々しい輝きに目を瞑り、次に瞳を開くと……


 俺の瞳に映るのは。


 ——一つの剣と殺風景な白い部屋だった。

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