第3話

 あのときはどう答えたっけなあ。

 目の前に差し出されたマイクを見ながら、ぼうっ、とそんなことを思った。今ぼくが居るのは日差しが照りつけるコートじゃなくて、カメラと、マイクに囲まれた取材会場。

 暑さでへばっていたあの頃は、もう昔のこと。

 生まれて初めて受けた取材から、もう7年経った。



◯◯◯



 ぼくが所属していた黎明高校硬式テニス部は、あの取材の後のインターハイで準優勝。個人戦のシングルス優勝、ダブルスはベスト8、という素晴らしい成績を残していた。

 問題は代替わりした後。

 部長はぼくにその座を引き継がせ、引退した。ぼくも与えられた職務を全うしよう、と頑張ったけど、上手くこなすことができず。そのことも関係したのか、新人戦は県で落ちてしまった。ぼくが、みんなの柱として支えきれなかったから。ぼくが頼りなかったから。

 そして、新年度。新しい戦力も入り、挑んだ高体連。正直、先輩方に並ぶ、とまでは行かないけど、まあまあ良い成績を残せると思っていた。新人戦敗退の後、チーム全体で必死に努力して、自分たちの弱点をなくしていったから。

 結果は、インターハイ初戦敗退。個人戦では、ダブルスはそもそも出場しておらず、シングルスは後輩の蝶野ちょうの 晋太郎しんたろう略して晋といとサンが出場、晋はベスト16、糸サンは初戦敗退だった。

 ぼくは、一回も団体戦で出場していなかった。

 ベンチで、ただみんなの戦いを見てただけ。ただただ、眺めてただけ。アドバイスも何も、出来なかった。

 ずっと悔しくて。悔しくて、…………あんな想いは、もうしたくない。

 負けた時、顔面を涙と鼻水と汗でぐちゃぐちゃにしながら、そう誓った。


 それから、部活を引退して。

 ぼくは、漫画家になった。



◯◯◯



 「糸サン、糸サンモデルの主人公で漫画描いても良い?」

 「良いっすよー」


 高校を卒業して、大学生になってから。趣味で描いていた漫画をある出版社が主催しているコンテストに出展。ありがたいことに、賞を受賞した。

 これをきっかけに出版社から声がかかり、ある少年漫画誌に数個読み切りを掲載。

 好評だったらしく、本格的に漫画を連載することになった。

 連載することが出来ると聞いて、嬉しかった。そして、困った。どんな話にすれば、連載が出来るか分からなかったから。

 考えて、考えて、考え抜いた。

 そして、思いついたのが。


 「糸サンの性別を変えたら、部活の事が青春系少年漫画展開なのでは…………?」


 この時のぼくは正気じゃ無かったと思う。酒飲んでたし。

 でも、この時のぼくは天啓、と思ったし、その勢いのまま描いた。その勢いのまま担当さんに出した。その後の構想も話した。

 そしたら、OKが出た。

 なので、事後確認だけど糸サンに尋ねたら、軽い返事が返ってきた。

 ぼくの周りの人は、皆思い切りがいいのかな、と思った。


 それから、部活であったこと、ぼくが卒部してからあったことを糸サンに尋ねつつ、どんどん連載を続けていった。

 途中、人気が低迷して打ち切られる可能性が出た時もあった。内容と描写で炎上する事もあった。

 でも、なんとか続けて。


 「アニメ化、ですか…………?」

 「おめでとうございます!」


 とうとう、アニメ化する所まで来た。


◯◯◯


 「今回は、今話題の漫画、『深藍に染まれ』の作者、竹乃たけの しょう先生に起こしいただいていまーす!竹乃先生、宜しくお願いします!」

 「よろしくお願いします」


 竹乃昇は、ぼくのペンネーム。由来は笹→竹、というイメージから。 

 インタビュアーはニコニコと笑い、漫画について、ぼくについて次々と質問をする。ぼくもそれに答えつつ、これからの展開をバラさないように気をつけた。


 「『深藍ふかあいに染まれ』で、お気に入りのシーンはありますか?」

 「………そう、ですね。やっぱり、主人公が"強者"、になるシーンかな。あそこは、どう表現すればゲーム中の思考を再現できるか沢山悩んだので。知り合いのテニスプレーヤーに何度も聞いて、何度も描き直して、やっと出来上がりました」

 「『………何だ。全部、俺のコートじゃないか』、の所ですね!あのシーンは読んでいて鳥肌が立ちました!」

 「ありがとうございます。紙面でもゲームの緊張感、高揚感が伝わったなら、漫画家冥利に尽きますね」


 ぼくの漫画、『深藍に染まれ』。糸サンモデルの主人公が覚醒するシーン。実際に、糸サンが魅せた試合を元に創った。何度も糸サンに取材して、その試合を見返して。本当に大変だった。


 「早くこのシーンが映像化してほしいですね!では、竹乃先生、最後の質問です」


 インタビュアーはマイクを構え直し、ぼくに向ける。


 「竹乃先生にとって、青春とは何ですか?」

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