第23話 (最終話)願うのなら。

母は苦しみながら高尾一の手を握り、「はじめ、悠太郎さん」と名前を呼び続ける。

高尾一は「今来ますよ」と嘘を重ねて時間を稼ぎながら手を握る。


そこに来た山田満の横には山奈円も居た。


「満と山奈さん?」

「前々から山奈さんと話してたの!ほら紹介して!」


高尾一は高尾芽衣子に「高尾さん!さっき話していた彼女が来ました」と声をかけると、必死に目を開けた高尾芽衣子は山田満をみて「可愛いお嬢さん。初めまして、こんなおばさんの呼び出しに応えてくれて…」と言ったところで、「…満ちゃん?」と言ってすぐに高尾一を見て「はじめ?」と言った。


「母さん?」

「ごめんなさい、ごめんなさいはじめ


高尾芽衣子は高尾一に謝りながら山奈円を見ると、山奈円は「はじめまして。私は山奈円、高尾一君の雇用主になります。彼は立派にウチで彼にしかできない仕事をしてくれています。それはお母様の教育の賜物です。先日も顧客から感謝をされましたよ」と挨拶をする。


はじめはもう社会人なの?」

「そうだよ母さん。俺は山奈さんに面倒を見てもらってるよ。だから大丈夫だから」


高尾芽衣子は「良かった」と言うと涙を流して、山奈円に「はじめをよろしくお願いします」と言い、山奈円は「勿論です」と返して頷いた。


その後、高尾芽衣子は息も絶え絶えで、必死になって山田満に「大人になっても一と居てくれてありがとう」と伝えた後は、何度も高尾一に迷惑をかけたと謝り、最後は「悠太郎さんは不倫なんてしてないの。でも堪らなく不安で、不安で堪らなくて刺すしかないって思えて、何日も抗ったけどダメだった」と謝り一際苦しむ。


「母さん!俺こそ謝らなきゃ!ずっと来なくてごめん!」と高尾一が涙ながらに話すが母は反応をしない。


その瞬間、山奈円は高尾一に「一瞬しか効果はない。だがその一瞬を確実にものにしなさい。わかったね」と言うと病室の外に出て、「家族の最後の別れを妬むな!羨むな!不幸を望むな!不幸を願うのなら幸せを願え!」と叫ぶと病院はシンとなり、高尾芽衣子は目を開けた。


「はじ…め…?」

「母さん!ごめん!ずっと来なくてごめん!」


一瞬だけ目が開いた時に高尾一が言葉を告げると、高尾芽衣子は「いいのよ」と消え入りそうな声で言って息を引き取った。


山田満と山奈円は身内として高尾一の横に付き添う。

医師からの「ここ最近は数値が悪化していましたが、あまりにも急でした」と言う説明も話半分で、葬儀の手伝いなんかは山田満と山田満の両親が進んでやってくれた。


家族葬にしていたが、商店街の人々や山田家、山奈円、高柳始、そして高尾家の縁者が来て手を合わせてくれた。


喪主を務めた高尾一は最後の挨拶で頭を下げて感謝を告げる。


納骨まであっという間だった。

夏の暑い日、納骨を済ませてお清めとして高尾一と山田満、高柳始と山奈円の4人は商店街の和食屋で献杯をした。


この頃になって、ようやく心が落ち着いた高尾一は感謝の後で、山奈円に「あの母さんが死んだ日の事を聞いていいですか?」と言った。


「想像通りだよ」と答えてビールを飲む山奈円に、高柳始が「円?」と聞く。


「高尾芽衣子さんが入院されていた病院は、終末医療と言えば聞こえはいいが、誰も看取りに来ないような病院だった。そして高尾芽衣子さんは心を閉ざしてしまった女性。そこに息子の高尾君が通った。それは周りからしたらさぞかし羨ましくて、妬ましくて憎らしい話だっただろうね。だから同じ立場の入院患者達は高尾芽衣子さんの不幸を願ったんだ。高尾芽衣子さんの病状の悪化も全部それさ。だから私は最後の言葉を高尾君の口から伝えさせて、高尾芽衣子さんの返事を聞かせたかった。耳は1番最後まで残ると言われて居るから、高尾芽衣子さんには高尾君の言葉は伝わっていただろうが、高尾君には高尾芽衣子さんの言葉は届かない。だから一瞬の時間を作りたかった。それだけだよ」


「なるほどね。最後の時まで人を妬んで羨んで不幸を願うなんてゾッとするよ」

「本当その通りだよ」


高尾一はキチンと「山奈さん、ありがとうございます」と礼を言う。


「いやいや、構わないさ。君の事は任されたも同然だからね。大事な従業員の為にできる事はするさ。私よりも支えてくれた満ちゃんにお礼を言いなさい」

「ありがとう満。山奈さんと来てくれた事も、母さんの前で彼女のフリをしてくれたのも助かったよ」

「ううん。いいんだよ。これからもお仕事頑張ってね一」


高尾一は「うん」と返すと山奈円を見て「これからもよろしくお願いします」と言った。


「勿論だよ。不幸の願いを退治して、私に君たちを幸せにさせてくれよな」

山奈円はそう言ってビールを飲み、揚げ出し豆腐を口に運ぶと、高柳始が「君達は僕達の希望だからね」と言った。

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