相談者・高尾一。

第21話 自覚のない相談者。

春が来た。

高尾一にはあっという間の一年で、山田満には怒涛の半年だった。


2月に、高尾一は仕事を1日休み、母のいる施設に行った。

普段は顔を出さないし、施設からも母の体調面から高尾一が来る事を拒む。


施設からは毎月報告書が届く。

一応目を通すが、内容は変わり映えしない。

時折、一や夫を探すそぶりをするが、すぐに居もしない不倫相手の所に行ってしまったと憤慨して、施設職員に「夫と一を探してきて」と叫んだりする。


大体2時間程探す素振りを見せると満足して、また自分の世界に戻っていく。


今回、毎月の報告とは別に届いた連絡は、その母の身体に病魔が見つかった話だった。

こうなると施設での預かりが難しくなるが同居は以ての外だった。


高尾一は限界まで施設で診てもらって、それまでに見つけた病院で最後まで診てもらう流れにして貰う手筈になった。


話を聞いた山奈円は「かける言葉はなんとでも言えるが、大丈夫だよ」と言う。


「山奈さん?」

「君や始の不幸は都合良く出来ているのさ、悪く言えば簡単に死んで楽にはさせない。破滅させて死を選ばせる気はないと言う事、今回の事は君の心労もあるが、ロクでもない見方が出来る」


「ロクでもない?」

「そうさ。介護で苦しむ君を知る者たちは、君への不満を募らせて君の不幸を願う。転院先がすぐ見つかった事もね。そして何も知らず純粋に君の不幸を願う存在は、親の死というモノを聞いて願いが叶ったというのさ」


成程、ロクでもないなと思った高尾一だったが、もう母は10年以上前に話が通じない存在になっている。

別にそんなダメージは無かった。

それでも喜ぶ奴らがいるという事が気持ち悪かった。


春になって転院を済ませた頃、1人の親子が山奈相談所にやってきた。

三万円の相談料。


親の相談は連れてきた息子の事で、息子は二十歳。専門学校生で就職活動が難航どころか頓挫していて、よくない何かに取り憑かれているのではないかと言って連れて来られていた。

山奈円は拝み屋なんかの類ではない事、提案しかしない事を告げてヒアリングを行った。


やはり昨今のブームというか、chowderが問題で70人近いチャウ友の誰かが不幸を願っていると説明をしたが、息子の馬場光太郎はchowderは辞められないと言う。


母親は必死になって「光ちゃん!お願いやめて」と言うが、馬場光太郎にその気はない。


一万円にしようかなという顔の山奈円は、「では2週間程ログインをせずに、その間に就活をしてみてください」と提案をして三万円を貰って追い返した。



「珍しいですね。三万円でした」

「一万円にしたかったさ、でもあの母親は一万ならと言って、さらに課金するタイプだから嫌々三万円にしたのさ」


高尾一は「成程」と返すと、二週間キッチリで馬場親子がやってきた。

もう簡単にまとめると、chowderを断った二週間は就活が上向いたが、chowder断ちを辞めた途端にまたダメになったと母親は山奈円に言いつけるように話す。


息子の光太郎はムスくれながら「偶然だ」としか返さない。


高尾一からすれば随分な話で、就職活動もなにも1人でやった。

どちらが正しいとかは知らない。

高尾一は1人でスーツを用意して、履歴書を書いて、1人で臨み1人で落胆していた。


こんな母親が三万円もの大金を持って相談に来るなんて夢のまた夢だった。

母親は精神鑑定で罪に問えないと判明した後はずっと施設に居る。

母の親族は皆逃げた。

父の親族もたまに手紙と缶詰なんかが届くが、それでやる事をやった顔をして高尾一からは手を引いた。


母の事があって気持ちが落ち着かない事もあったが、馬場光太郎は呆れ顔の高尾一に気付くと、睨みつけながら「言いたい事があるなら言えよ!」と食ってかかってきた。


普段なら筋肉探偵を読んで、見ないフリをするのにこの日はダメだった。

母子の組み合わせは高尾一を疲弊させる不幸の一助なんじゃないかと思えたら、目を逸らせなかった。


初めは「いえ何も」と返していた高尾一も、相談客の立場で高圧的に「言えよ!」、「言えって言ってるだろ!」と食ってかかる馬場光太郎に怒りを募らせる。


山奈円は初めこそ、「申し訳ありません」、「高尾君、謝りなさい」と言っていたが、「光ちゃん」としか言わずに止められない母親に苛立っていた。


最終的に穏やかな喧嘩腰になった山奈円は、「では高尾君も参加をしなさい」と言って同席をさせると、「思った事を告げるといい。君は光太郎さんと歳が近いから、君の言葉は光太郎さんに届くかも知れない」と言った。


呆れたのは、この状況で「そうね!」と喜ぶ母親と、「言えよ!」と恫喝してくる光太郎だった。


高尾一は「就職活動はご自身の為ですよね?1人でなさらないのですか?お母様に言われたから、お母様が願うからとここに来た。ではこの場はなんなのでしょうか?」と圧を放って光太郎を見る。


光太郎は「何言ってんだよ!喧嘩売ってるのか?」と声を荒げたが、高尾一は「質問に答えてください。分かりませんでしたか?」と返し、再度「今日この場はお母様の為にあるのですか?あなたの為にあるのですか?」と聞くと、高尾一は母親の方を見て「この相談は誰の為ですか?」と聞く。


「息子が就職活動に成功する為…息子の為です」

「ありがとうございます」


高尾一はそのまま山奈円に聞くと山奈円は「光太郎さんの為だと思うね」と返す。


「俺もそう思います」と言って、高尾一は馬場光太郎を見ると、馬場光太郎はものすごい顔で、「お…俺?俺はオフクロの気が済むように…」と言う。


「まずそこから始めるべきです。お母様の為にchowderを止めるのは嫌でも、ご自身の為なら止められますよね?まあ止めるかはご自由です」

高尾一の言葉で話は驚くほどスムーズに終わる。


一応馬場光太郎は就職が決まるまではchowderを断つ事にすると、この場だけかも知れないが言った。


山奈円はご迷惑をかけたからと相談料はいらないと言ったが、それでも払いたいと言われてしまい、一万円だけは受け取ることになった。


帰り際、見送る高尾一に母親が「ありがとう」と言い、「息子と歳があまり変わらないのに立派ね。きっとご両親の教育の賜物ね。羨ましいわ」と言われた。



高尾一は曖昧に返事を返しながら、壊れた母と、その壊れた母に殺された父を思い出していた。

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