第20話 高柳始の願いと山奈円の本当の不幸。
山奈円は泣いていた。過去を思い出し、涙で顔を濡らしながら「そして障がいが残ってもおかしくないこの身体の復調と、私の周りから私を困らせる者を排除する為に、始は最悪の選択をした」と言うと、山田満から視線を外し中空を見つめながら話し始めた。
「円、リハビリも順調でもうすぐ退院もできるそうだよ。閉ざしていた心も元に戻って良かったよ」
この顔と言葉に気付かない山奈円ではなかった。
山奈円は「始?あなたまさか!何を願ったの!これ以上何をしたの!?」と詰め寄ると、高柳始は「僕はいいんだよ。円にも、円のお父さん達にもたくさん良くしてもらえた。その恩返しだよ」と言って笑って誤魔化そうとした。
「言って!教えて!ううん!なんでもいい!私が始を支えるよ!一緒に生きて!」と言った山奈円の言葉に、高柳始は嬉しそうな顔をした直後に、悲しげで申し訳なさそうに微笑んでから「無理なんだ円」と言った。
「え?」
「僕が願ったのは円の幸せ。円の心を傷つける存在を円から遠ざけて、事故なんてなかったくらい健康になる事」
その時とても恐ろしい考えが山奈円の中にはあった。
山奈円は真っ青な顔で震えながら「その為に何を願ったの?」と聞く。
高柳始は「円、僕は円が大好きだよ。迷惑だとしても、一度だけだから言わせて」と言って微笑んでから、「大好きな人とは結ばれない事。僕を愛さない代わりに、僕の不幸が無関係な女性と結婚をする事を願ったんだ」と言った。
山奈円は震えながら首を横に振り続けて、「嫌、始、なんで?」と聞き続ける。
「なんで…、勝手に決めた事だよね?僕が不幸になりながら願わなければ円は死んでいた。それが嫌だった。僕と関わるせいで円の心が閉ざされる事も嫌だったんだ。だから僕はこの選択をした。大丈夫。僕は慣れているさ」
山奈円は山田満に視線を戻して、「そう笑った始には、お見合いの話が舞い込んできていたよ。始は願った通り不幸は通じない…心が離れているから、始の不幸が通用しない女性を妻に迎えた。それがあの藍乃さんだよ。彼女にも何かしらの事情があるが、決して始を愛さない」と言った。
山田満は聞きながら高柳家での事を思い出した。家政婦にしか見えない妻。他人行儀で見送りにも来ない女性。
「始は頑張って耐えているが、いつも辛そうにしている。だが彼女も不幸に振り回される被害者だ。悪く思ってはいけないよ」
「それが高柳さんの使った不幸の使い手…」
話が終わりかと思った山田満に、山奈円が「まださ、始は藍乃さんにも罪悪感があるからね。彼女を幸せにする為に後二つ、不幸を使ったんだ」と言った。
「まだ後二つも?」
「そうだよ。今日言っていたよね?一つは小説家になった事。障がいの残る身体では藍乃さんに苦労をかけるからと物書になる道を選んだ。不幸は「どんなに書きたくなくても書き続ける事」、あの筋肉探偵シリーズがそれだよ。書きたくなくても書くしかなくて、書けば高柳家の生活費になるんだ」
「…後一つも聞いていいですか?」
「あの家さ、藍乃さんが始と居て息苦しそうな顔をするのが申し訳ないからと、「住宅ローンが大変になるけど、藍乃さんの為に家を」と願ったんだ。だから後30年もローンが残っているよ」
山奈円はそのまま「満ちゃんは私みたいにはさせないよ」と言う。
山田満は「ありがとうございます」と返してから、「山奈さんの目指す所は何処なんですか?略奪婚なんですか?」と聞く。
「略奪婚か…、凄いね。まあ結果はそうなるかもね。それを始には言ってない。私は多くの不幸を見て学んで、始の不幸を取り除いてあげたいのさ、不幸を取り除けば藍乃さんは始から離れる。慰謝料だって私が払う。お金ならまああるさ、自動車事故で賠償金も手に入れたからね」
「凄いですね」
「熱意かい?勿論だよ。さあ、遅くなったから帰りなさい。ご実家に帰ったらご両親によろしくね」
山奈円に見送られた山田満は帰りに高尾一の所に寄って話せる範囲だけ話をした。
山奈円はビール片手に「ふふ。きっと満ちゃんは今頃は高尾君の所だろうな」と呟く。
賠償金や保険金により、働く必要のなくなった山奈円を悪くいう者は現れなかった。
それは高柳始が願ってくれて、周りから山奈円が心を閉ざす原因になる者達が軒並み排除されたからだった。
地元にも関わらず、風の便りで耳に入ってくるのは同級生達が引っ越した話ばかりだった。
理由は様々だったが結果は街を離れていく。
商店街の人達も山奈円を快く思わない人達は店じまいして離れて行った。
生活しやすさを感じる度に始への感謝と申し訳なさを感じてしまう。
「始、私のエゴでも君を助けてみせるよ」
山奈円はそう言いながら2本目の缶ビールに手を伸ばした。
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