第19話 終わらない山奈円の不幸。

室温が下がった気がした。

不幸を願いたくて別の不幸を願う人間の狂気に、山田満は背筋が凍ったのか、両親の死を願う連中に憤る山奈円の圧に触れたのか身震いをしていた。


「その頃、始はようやく退院をして、動ける範囲で仕事をしていた。フルタイムではなくパートタイムでなんとか食い繋ごうとしていた。

入院費は私が立て替えていて、始はそれが申し訳ないからと飲食店で賄いが出るところなんかで働いていてね」


身体を壊した人間が働く。

どれだけ大変だったのだろう…。

山田満には想像もつかない世界だった。


「私は年も明けて梅が散る頃に、家族で墓参りを兼ねて有名なお寺に相談に行っていた。始の不幸をなんとかしたい。もう父母も私の気持ちを知っていて応援してくれていたよ。その帰り、車は居眠り運転のトラックに突っ込まれて事故に遭った。

前から突っ込まれて父母は即死、後部座席の私は大怪我で生死の境を彷徨った。

肋骨や足の骨は折れていて、頭を強く打っていた為に危険な状況が何度も続いたらしいが、私は奇跡的に目を覚まして順調に快方へと向かう。

父母の葬儀は生死の境を彷徨っている間に、商店街の皆がやってくれていたよ。その中で始が息子のように泣きはらしながら喪主を務めてくれた」


話を聞きながら山田満は少なからず怖くなる。

chowderを続けていて、…断りの理由に父母を使った先に待っていたのは、全く同じ未来かもしれない。


山奈円は山田満の考えている事を察して、「そう。キッパリと断る必要があった。始の不幸を願う連中とは、酒は飲めないと言うべきだったのさ」と言った後で、悔しそうに「目覚めた私には厳しい現実が待っていた」と続けた。


「厳しい?」

「目を覚ましても、リハビリだなんだとあれば家へは帰れない。始は父母の葬儀や役所なんかの手続きをやってくれていて、私の元にはあまり来れない。たまに来ても私に負担をかけないように「今は円の身体だよ。早く治してね」としか言わない」


「事故を聞いた友人達は見舞いとしてやってくると、「無事で良かった」と言うが、すぐに始の事を聞き、「これで飲み会に来られるね」と言われたよ。まあ今だからわかるが、友人だった者達は不幸に囚われていて、人の不幸を求めるだけの者に成り果てていた。そう、私から始の事を聞きたい為に、始の不幸を願うあまり、私の親が邪魔な連中の不幸で事故が起きたんだ」


「私はあまりの気持ち悪さに心を閉ざしてしまった。始は身内代わりとして面会謝絶を頼んでくれた」


それは本当に厳しい。

親が死に、本人も身体が辛い状況で、親の死因には友人達の不幸の願いが起因していたのだ。

山田満はなんて言葉をかけようか悩んだ時、「まあまだ序の口だけどね」と山奈円は言った。


「え?」

「心を閉ざしても始の声は聞こえていた。始がいる時だけは、自分がどうしてここにいるのかがわかっていた。そんな頃、人の周りに蜃気楼のような、モヤのようなモノが見えている事に気がついた。頭を強打したからかも知れない。気のせいかも知れない。だが私はすぐにそれが不幸だと気がついた。生死を彷徨い不幸を見れるようになったんだ。そして始を見た時には息を呑んだよ。景色が歪むほどの不幸が見えた。その時初めて始の近況を聞けたんだ」


山奈円には不幸が見える。

それで高尾一を見つけて助けて今日に至る。

山田満には感謝すべき事案だった。

だがその気持ちはすぐにかき消えた。


「私が助かったのは、始が不幸を使ってくれてくれていたんだ。始は照れくさそうに「僕なら平気だよ円。僕は今より不幸でも構わないから、円を助けてくれってお願いしたんだ」と言った。私は慌てていつやったのかと聞いたら、私が最初に危篤になった時に迷わず使ったそうだ」


山奈円は泣いていた。

涙で顔を濡らしながら話していた。

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