第16話 高柳始。
翌日、山奈相談所ではなく昼過ぎに駅に集まると、二駅隣まで行き住宅街を歩く。
しばらく歩くと一軒の家の前で山奈円は足を止めた。
高尾一と山田満は話を聞くだけだと思ったのだが、まさか知らない家に連れて来られるとは思わなかった。
しかも山奈円は駅でケーキを買っていた。
珍しく深呼吸をした山奈円がチャイムを鳴らすと、少しして玄関が開いてメガネ姿で穏やかな男の人が現れて、「やあ円。久し振り」と言った。
嬉しさを隠すように「やあ。久し振りだね」と返した山奈円は、「いいかな?」と聞くと、穏やかな男の人は「勿論さ」と返す。
その空気感は恋人のソレにしか見えなかった。
だが玄関には女性物の靴がある。
姉か妹か?母の物かもしれないと高尾一は思ったが、8畳程の書斎に通されて、穏やかな男の人が「お茶をお願いします」と声をかけると、すぐに人数分の紅茶を持った女の人が入ってくる。
女の人は年の瀬だからか、迷惑そうに紅茶を持ってくると、山奈円は立ち上がって「お忙しい日にすみません」と言って、「お土産です」と言ってケーキを渡すと、女の人は「いつもどうも」と言って立ち去り、数分して皿に乗せたケーキを出してくれた。
お手伝いさんにしか見えない女性だったが、穏やかな男は「彼女は妻の藍乃です」と言ってから、山奈円を見て「円?どこまで話したの?彼と彼女はメールをくれていた2人だよね?」と聞く。
山奈円は首を横に振ると「まだ何も。今日は不幸の使い手の説明をすると伝えて来てもらったよ」と答えると、穏やかな男は「では自己紹介だね。はじめまして、僕の名前は高柳始です」と名乗った。
「始、こっちが高尾一君で、こちらが山田満さんだ」
高尾一達が名乗り出る前に山奈円が紹介をする。
なんだか積極的な山奈円に、高尾一と山田満は不思議そうに見てしまう。
「9月に連絡をもらっていたから大体はわかっているんだ。高尾君、高尾と高柳、一と始、運命を感じてしまうね。山田さんも円も山が付いているしね」
人懐こく笑った高柳始が「円、先にくれるかな?」と言うと、「始、これが今回の分だ」と言って分厚い書類の束を渡す。
「多いね。これはchowderが原因かい?」
「大半がchowderで、増えたのは高尾君の不幸の受け皿と具現化が影響している。山奈相談所は過去最高の営業利益だよ」
2人の邪魔をしてはいけない気がしながらも、高尾一が「山奈さん?その紙は?」と聞くと、「うちの依頼から個人情報を隠して概要だけをまとめた物さ、一応始の仕事に使う資料になっている。ビジネスパートナーの関係だから、私はここに来られているのさ」と山奈円は答えた。
「僕はしがない物書きでね。一応資料を貰って新作を書こうとしているんだ。代表作は筋肉探偵五里裏凱だよ。円の所にも全巻揃っているから読んだかな?」
高尾一は相談者が来た時なんかの時間つぶしに読んでいる小説を思い出す。
「あ!あの本の?」
「ありがとう、読んでくれたんだね?率直な感想を聞かせてくれないかな?遠慮はいらない。君が不幸の受け皿を持っていて、不幸の具現化に悩まされていて、でも不幸の使い手にはなっていない存在だ。僕は不幸の使い手でもある。嫌な話だが君の先輩に当たるんだ。だからこそ率直な感想を頼むよ」
高尾一はそう言われたが返事に困る。
アレはなんで80巻も続いているのかわからない作品だった。
下手をすれば旅館の殺人事件の後が、ホテルの殺人事件、その後はペンションでラブホテルもあればモーテルなんかもあったが、どれも流れは全部同じ時代劇シリーズに通じる内容だったからだ。
「高尾君、思っている事を言ってくれ。それが始との話のきっかけになる」
山奈円の言葉に、高尾一は「時代劇みたいでした。学校の事件にしても小学校、中学校は公立に私立、高校は男子校、女子校、私立、都立、県立と場所が違うだけで、流れも全部一緒でした」と言うと、高柳始は「そう。それが僕の不幸の使い手として招いた自業自得の不幸なんだ」と言った。
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