第7話 chowder。

chowderの画面は白とクリーム色が基調のページで、背景が先に表示されると左上には可愛らしい文字でchowderと書かれていた。


「これよ」

「なんですこれ?」


「招待制のネット交流の場ね」と言った山奈円がログインを済ませると画面が切り替わる。


「私のページね。仕事柄持つ必要があったのよ」と言いながら説明をする山奈円は、diaryの部分を指して「ここに近況なんかを書くのね。私は書かないけど…」と言うとメモを見ながら何かを打ち込む。

すると別の人のページが出てきて、名前は「はなちゃん」と表示された。


「これは佐川花子さんのページ…」と言いながら画面を見る山奈円は、「あらあら、やめられなかったのね」と言ってdiaryをクリックすると、7月末に鶴太郎と買い物に出掛けてお茶を楽しんだと書き込まれていて、ニコニコ顔の花子となんとも言えない顔の鶴太郎の写真が添えやれていた。


「覚えてる?右道雪子さんは友達の冬美さんに聞かれるままに話をして不幸を願われた。1人に対してでアレなのに、花子さんはどうかしら?」

「実情を知らない人が見たら順風満帆に見えて不幸を願う?」


「そうね。それだけじゃないわ」と言ってクリックするとドラマの感想がコレでもかと書き込まれ、朝のエンタメニュースを見てアーティストの新作が気になると書かれていた。


「これだけ書き込むのは、いくら手の早い人でも相当時間がかかるわよ。いくら子供のいない専業主婦で、ある程度時間を好きにできると言っても無理がある。足りない時間はどう補うのかしらね?それに専業主婦よ?アーティストの新作CDやライブなんて行ったり買ったりしてるけど、お財布事情はどうなっているのかしら?」


それは佐川花子が専業主婦の身で、家事を疎かにして佐川鶴太郎の稼ぎを注ぎ込みそれらをこの招待制ネット交流の場に披露している事になる。

その証拠に、前回来たときは「お金なら払うから何とかしてください!」と声を荒げていた。


「こんな自慢ばかりしていたら不幸の願いが…」

「まあそれね。でも不幸の願いは他にもあるわ」


「他にもですか?」

「ええ、高尾君は同窓会ってなんのためにあると思う?」


「仲を失わないとかですかね?」

「本来はそれもあるでしょうけど、不幸の観点から言えばそれだけじゃないわよね」


山奈円はconnectionと書かれた所をクリックすると様々な名前が出てくる。

「これは繋がりを探すページね」と言って、マウスカーソルを向けると学校名の後ろに何期生集まれと書かれたページが出てくる。


「同窓会は準備や人集めが手間だけど、ネット上なら簡単に会える。まあまだネット普及率は高くないけど。携帯電話からも見られるからそこそこの人数よね」


そう言った山奈円は「同窓会はね。過去に縋る者、今を見せびらかしたい者、今を確認したい者が蠢いているのよ」と圧を放って言うとパソコンを止めてしまう。


「山奈さん?」

「不幸が滲んできたから消したのよ。過去に縋るって言うのは、今さっき見た中学校のページなら、過去はクラスのリーダー的存在。でも進学先でもそうとは限らない。中には社会人になっているケースもある。散々クラスメイトを顎で使って笑い物にしてきた人間が、今は目も当てられなかったら?」


山奈円は呆れるように真っ暗になった画面を見ながら「全員は言い過ぎだけど過去に縋る。かつての栄光を思い出して、一瞬でも今を忘れることで癒される」と言う。


「逆に学生時代はパッとしなくても、今はこの不況でも安定した職に就いて家庭を持って、下手をしたら孫までいる人なんて同窓会に出たら近況を話したい。孫の写真を見せたい。厳しい言い方なら「昔散々馬鹿にした奴を見返したい」なんて思う人も居るわね」


高尾一は話を聞きながら自身の周りに当てはめていく。


「今を確認したい者が1番不幸の種を蒔くわね。職も失い、家族も居ない。様々な理由があっても結果のみを明文化して傍目に見てドン底の人」


山奈円は高尾一を見て、「ねえ、テストの点数が悪かった時、友達とこんな会話した事ない?「俺だけじゃない。アイツも悪かったよ」って」と聞く。

高尾一には思い当たるモノがあった。

確かに学生時代にはそんな話をしていたし、順位付けされた時に周りの連中が順位を明らかにしようとしていた。


表情から察した山奈円は「ほらね」と言って高尾一を見る。


「ドン底の人間が同窓会に行って、よりドン底の人間を探して癒されて、上向いている人間を祝福しないで。「不幸になれ」と願うのよ。何年かに一度、それも高々3時間くらいの同窓会でそれよ?3時間なら気付かれない事も、こんな人目につく場所で自慢していたら不幸の種を渡されてしまうわ」


高尾一は真っ暗な画面を見ながら、「だからソーシャルネットなんとかをやめろって…」と言うと、「そうよ。しかも佐川花子さんはフレンドに佐川鶴太郎さんまで入れている。仲良しのアピールかしらね?倍良くないわね」と頬杖をつきながら言う。


「倍ですか?」

「顔出ししてるのよ?不幸の届き先が明確になるじゃない。顔も知らない佐川鶴太郎の不貞を願うより、顔を知っている佐川鶴太郎の方が、より願いが届きやすいわ。まあそうでなくても、ソーシャルネットに書かれた日記を読んだら、ごく一般の神経を持った旦那さんなら「そんな事いいから家事をやれ」ってならない?」


「あ…」

「まあ支払って貰えるかしら…、私はそこね」


高尾一はそれを聞いて、山奈円はもう離婚のゴタゴタで支払われない可能性を考えているのだと思った。

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