第4話 取り除かれた不幸。

右道晴子が右道雪子の手を借りて、震える手でお茶を淹れるとリビングに5人で座る。


山奈円が「これをお返しします」と言って出した右道雪子の携帯電話は、異様な気配を放っている気がすると高尾一は見て感じた。


右道雪子も感じたのか、ようやく戻った電話なのに、右道雪子はどうにも手が出しにくそうにしている。


「感覚が鋭くなりましたね。良かったです」と言うと、山奈円は「これは一度解約して新たに契約をし直すか、電話番号とメールアドレスを変える事をお勧めします」と続けた。


「え?」

「まあ呪いではないのですが、不幸がまとわりついています」


不幸と聞いて手を引く右道雪子に、優しく微笑む山奈円は「正しい判断です。不幸は電話番号とメールアドレスに憑いています」と説明を始めた。


「今まででしたら雪子さんが受け取っていたので、携帯電話には溜まらなかったのですが、今回はひと月ほど放置しましたからね。目に見えて危険です。そもそもこの不幸の正式な名前…私が付けただけですが私はコレを【不幸の願望】や【不幸の願い】と呼んでいます」


「不幸の願望?」

「はい。素直に受け取る雪子さんは相手の願いそのままに不幸になりました」


「相手?誰ですか?」

「まあ、それは少し後にして、私は初めは彼氏さんも候補に入っていました。彼氏さんが雪子さんとの破談や破局を願って不幸を望んでいる。それを確かめるために携帯電話をお貸ししました。ですが雪子さんは1ヶ月で健康になられた。彼氏さんは雪子さんの不幸を願っていない。これなら検査をしても異常は見つからないか、逆にようやく患部が見つかって治療にあたれます。入院中のお父様も快方に向かって行きます」


怪訝そうな顔で感謝をした右道雪子は「いい加減私の不幸を願った人を教えてください!」と言った。


「お母様は言いたくなさそうよ」

「お母さん!なんで!?」


詰め寄られても母の右道晴子は青い顔で俯くだけだった。


「とりあえず、この先の話を先にさせてください」と割り込んだ山奈円は、「転職と転居をして、携帯電話は先程伝えた通り電話番号とメールアドレスを変更してください。次は猶予なしでさらに酷いことになります」と圧を放ちながら言った。


「次?」

「はい。別の相手からの不幸の願いならまだ種類が違うので平気ですが、同じ相手からは何年経っても消えません。次にくらえば体調不良は一気に入院レベルまでになり、誹謗中傷は際限なく広がり、ご家族も助かりません」


ここで母、右道晴子が「雪子、聞いても家を出て行くのよ?」と涙ながらに言うと右道雪子は頷いた。


その顔を見てから母、右道晴子は「お友達の冬美ちゃんよ」と言った。


それに合わせて山奈円が携帯電話を開いて着信履歴を見せると、全部「冬美」で埋め尽くされていた。


それも20件入る着信履歴が全部、この1時間で埋め尽くされていた事に気付いた高尾一は気持ちの悪さから真っ青になった。


「メールは読まない方が良いでしょう。ただ、お預かりした日から欠かさずに体調を心配する内容、出社しているのか心配する内容、入院中のお父様を気遣う内容が入ってきて居ましたが、電話を取らずにメールも返信をしなかったら語調が荒くなってきて、今日は[心配しているんだから出てよ!返事の一つくらい頂戴、近況を教えてよ!]とありました」


右道雪子は突然の友人の名前に驚きを隠せずに「そ…それは…友達だから心配して…、いつも近況を言い合って…」と言った所で、山奈円から「それ、キチンと言い合っていましたか?」と質問をされる。


「え?」

「最近は聞かれて答えるばかり、その前はお友達ばかりが話していませんでしたか?」


右道雪子は山奈円の話を聞きながら、段々とそんな気がしてくる。


「でも彼氏は冬美の方が先で…」

「彼氏と今も続いているんでしょうか?仕事は?やめた事も彼氏との交際が終了したことも知らないんですね」


この言葉で疑念が確信に変わる。


「雪子さんと冬美さんの会話は、冬美さんが主導して冬美さんが話したい日は雪子さんが聞き役に回って、冬美さんが話したくない日は逆に聞かれるままに雪子さんが話をした。それはお母様から聞きました」

もう受け入れるしかない状況に、右道雪子が「え?じゃあ本当に冬美が…」と言った所で、右道雪子の携帯電話が光を放ち、「ええ」と答えた山奈円が「話してる今もメールが入りましたね。拝見します」と言ってメールを読み終わると、「先程外で会った時の話を早速使ってきましたね。外でインターフォンを押し続けていたのも冬美さんです。お母様を見ると根掘り葉掘り雪子さんの事を聞いてきていました。お母様には雪子さんが体調を崩した事で、心を病んでしまったから携帯電話を取り上げていると伝えて貰ったのにメールを入れてきて、メールの文面も[話聞いたよ。大丈夫?辛い時ほど友達の私に言いなね。病気も心配だけど病は気からだよ]と言ったようなことですね」と説明をした。


山奈円はこれを恨みの自家発電と呼んだ。

冬美は他責主義に陥って、自身の仕事が上手くいかなかったこと、恋愛も失敗した事、近年の不況も相まって何一つ上手くいかない事の責任を全て右道雪子にぶつけた。


「自分より悲惨な目に遭え」


この願いの元、妄想が止まらずにひたすら右道雪子の不幸を願う。

仕事先と彼氏を同時に失うのは上司との不倫だ。結婚が失敗すればいい、子供が産めない身体になれ、親の介護で青春を台無しにしろと願い、その全てが右道雪子の不幸と父の大病に繋がっていた。


「今は燃料切れをおこしているんです。燃料は雪子さんが幸せな話をして冬美さんが妬む事、雪子さんが不幸に陥って冬美さんが喜ぶ事。外で雪子さんはカウンセラーの私から携帯も没収されて部屋から出してもらえないと聞いて行動をした。この後は雪子さんは療養の為に地方に行った事にして、没交渉にしてしまう事でこの不幸の願いは終わりにできます」


山奈円が言い終わると右道晴子は「お母さんもお父さんとこの家を手放してこの街を離れるわ」と言った。


驚いた顔で「お母さん…」と言った右道雪子だったが最後には「出て行くよ」と言い、彼氏が「こんな言い方は良くないけど、一緒に住まないかい?」と誘っていた。


全てを見ていた山奈円が「私はここまでです」と言うと、右道晴子は泣きながら「ありがとうございました」と言って結構な厚みの茶封筒を出してきた。


帰り道、高尾一は気になった事を質問するために話しかけると、質問を聞く前に「ああ…成功報酬だからこんなに分厚いのよ。失敗なら君の月収くらいしか受け取れないし、まだ続いていたわね」と山奈円は言った。


「失敗って…友達でなかったらですか?」

「まあ選択肢はだいぶ狭まったから後3ヶ月耐えれば救われていた。でもきっと3ヶ月も彼女は保たなかった」

高尾一が「保たないとどうなるんです?」と聞いた瞬間、山奈円は圧を放って「良くて死」と言った後で「悪くて生き地獄よ」と続けた。


「生き地獄?」

「ええ、友達の願い、不幸の土壌が出来上がり、不幸を背負い込み続けるの。そうなってしまったら何をしても私にはどうする事も出来ないわ。不幸の土壌は不幸を際限なく呼び寄せる。当たり前が奇跡のようになり、信じられない不幸が当たり前になる」


不幸になると言われて山奈相談所に勤めた高尾一からしたら、身の毛もよだつ話に一つ聞きたくなったが、また先読みしたかのように山奈円は「君はまた一つ違う存在だ。安心しなさい」と言うと、穏やかに微笑み「休日出勤させてしまったけど、休日手当と豪華ディナーならどちらがいいかな?」と聞いてくる。


高尾一がディナーと言うと、山奈円は焼肉に連れて行ってくれた。


後日、山奈相談所には右道一家からお礼の手紙が届く。

そこには父も無事に退院できて、家族揃って新天地で充実してると書かれていた。


「おやおやおや、本質には辿り着けなかったか…、また呼ばれるのかな?でも遠くて泊まりになりかねないからお断りしないとな」

山奈円はそう言って手紙を引き出しにしまった。

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