第2話 山奈円の仕事風景。

山奈円が受け取ると右道晴子は事のあらましを話し始める。

右道晴子の娘、右道雪子の不幸は、まあ立て続けに起きるには随分で、堪える内容だった。

そこそこの大学を出て、高尾一は知らないがその分野では中堅の企業に入り、事務職として順風満帆な日々を過ごす。

怪我や病気には縁遠く、明るい性格で入社3年で同じ会社にいる営業職の同期と結婚を前提に付き合うようになってからが問題だった。


坂道を転げ落ちるように不幸に見舞われる。

その年の春の健康診断で異常が見つかると、今度は父親の右道雲海が大病を患う。

そうなれば自身の不調にも関わらず、検査の付き添いなんかが求められるようになり、彼氏との時間は減っていく。身体の異常もあり彼氏との性交渉も無くなると、仲は険悪になり、同時に社内からは還暦間近の部長との不倫が疑われて、彼氏と性交渉がないのは部長に良くない病気をうつされたのではないかと噂になる。

そもそも雪子はそれまで生娘だったので、彼氏が初めての相手で、春の健康診断の時期と併せれば、部長と何かがあるわけもない事は一目瞭然で、説明をすれば皆納得するがいくら経っても噂は消えない。

そうしている間に部長の家庭にまで話が入り、弁護士から内容証明郵便が届き部長の妻が証拠もないのに慰謝料請求をしてくる。


自身の病と父の病、そこに根も葉もない不逞疑惑。

最終的には社内に居場所が無くなり、病気療養を理由に休職していた。


高尾一からすれば、「大変ですね」で済ませる他ない話だが、山奈円は違う。


「お嬢様は?」

「塞ぎ込んで部屋にいます」


「お話しさせてください」と言ってリビングに雪子を呼んだ。


雪子はボロボロの肌、ボサボサの髪、ヨレヨレのTシャツにジーンズ姿で現れる。

解決に向けて熱心なのは母だけなのだろう。

本人は「お母さん、本当に来てもらったの?」と言って迷惑そうに山奈円と高尾一を見る。


「お話は聞かせて貰いました。山奈です」

山奈円は母の晴子から聞いた話をもう一度聞くと、「パソコンはお持ちですか?ケータイは?あ、このご自宅にはADSLなんかのネット環境は?」と質問をした。


「パソコンはありますけどインターネットはやってません。よくわからないしお金かかるんですよね?」

「ではケータイは?メールアドレスはありますよね?」


「…はい」

「見せてください」


山奈円に言われた雪子は嫌々携帯電話を出す。雪子の携帯電話はフルカラーでそこそこ大きな液晶がウリの人気機種で、ストラップは可愛らしい犬のマスコットが付いていた。


山奈円はひと目見て「お預かりさせていただきます」と言うと、右道雪子は「は!?なんで!?」と言って山奈円の目を見て怖い顔をすると、母晴子がすかさず「雪子」と言って娘をなだめる。


「ご安心ください。悪用なんてしません。仮の携帯電話をお貸ししますから、コチラをお使いください。ただご家族以外には1人のみメールアドレスを教えて、それ以外の方とは連絡をしないでください。会社との連絡は家のお電話を使って欲しいんです」


「なんでですか!?」

「あなたの慌て様を見るに、その電話が唯一の外界との連絡手段、心の拠り所ですよね?でもそれがこの不幸の原因だとしたら?」


「え?」

「1ヶ月。1ヶ月お預かりするだけで、もしかしたらこの不幸が終わるかもしれません。無闇に通院や検査をして、いつ終わるか先の見えない病と誹謗中傷に耐える日々、それがこのひと月で終わるかも知れません」


「終わらない場合もあるの?」

「はい。これはトライアンドエラーが求められる対処処置、アレルギーみたいなもので原因を見つけるまで確かめるんです」


「携帯を取り上げる理由は話せる?」

「1ヶ月後なら、成功でも失敗でもご説明します」

「わかった」と言って携帯電話を受け取り、「彼とだけメールさせて」と言って先に自身の携帯電話から彼氏にメールを送り、その後山奈円が用意した携帯電話から彼氏にメールを送る。


「これがダメなら次は何をするの?」

「だいぶ選択肢は狭まりますが…、ただ、時間的に手遅れの可能性もありますから。ここで決まらないと後がないくらいには思っていてください」


その山奈円の顔はとても恐ろしいものだった。

右道親子は縮み上がりながら、幾つかの注意を受けて必ず守る様に厳重注意を受け終わった。

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