不幸の取り除き方。

さんまぐ

己を知る高尾一。

依頼人・右道雪子。

第1話 山奈円と高尾一。

ある春の日。

社会人一年目。


…にはなれなかった青年、高尾一は今日も就職活動の帰り道。

スーツ姿で肩を落としながら歩き、ため息をつきながら次を考えていた。


そんな高尾一は駅前で、ロングヘアが目を引く女性から「貴方、今のままでは幸せになれないわ。私について来なさい」と突然声をかけられた。


怪しさ満点の中、高尾一は脳をフル回転させる。


信仰宗教の勧誘?

起業詐欺?


様々な事を考えると、女性は心を読んだとでも言うのか、「どれも違うわ。来なさい」と言うと高尾一の手を引く。

半ば強引に連れて行かれたのは、商店街から道を2本外れたところにある雑居ビル。5階建ての4階に連れて行かれると、軒先に簡単に作られた「山奈相談所」の文字が高尾一の目に飛び込んでくる。


高尾一は意を決して「あの、山奈さん?」と声をかけてみる。


「ふふ、看板を見たのね?」と言った山奈は、そのまま「まああなた達はそうなるわよね」と言うと、「では自己紹介しましょう。私は山奈円やまなまどか、歳はバレるから先に言うと34歳。この山奈相談所の所長ね。従業員はゼロ、あなたは?」と続けた。


「僕は…高尾一たかおはじめ、23歳…今年24歳です」

「たかお…はじめね…」


「大学生?」

「一浪して3月に卒業しました」


「就職先は決まらなかったわね?生活費は?」

「え?その通りですけど…、生活費はカツカツですけど…、あと2ヶ月くらいならなんとか」


「ご家族は?」

「答える必要ありますか?」


急に顔つきが変わる高尾一に「ふふ。大体わかったわ。あなたギリギリだったのよ。不幸の間口に立っていた」と言う山奈円。


突然の事に高尾一は驚いた顔をした後で山奈円を睨む。


山奈円は睨まれても涼しい顔で、「私はあなたよりあなたに詳しいの」と言った後で、「そうね」と続けると「中学は普通。普通と言っても、人よりも嫌な思いもしているし苦労もしている。下手をしたら何もしていなくても、担任から見せしめに怒られる。高校入試は…、これもまあ大変だけどなんとかなる」と言う。


確かに当たっているが、そんなもの誰だって当てはまると高尾一は身構える。


山奈円は「ここからよ」と言うと、「大学はA判定すら貰った学校に落ちて1年間の浪人生活。それを経て翌年に合格、4年間の学校生活を終えて就職活動は軒並み惨敗。まあ今は倍率も異常で、合格率が低いから仕方ないと言われるが、アルバイトすらままならない。生活費はカツカツ、後2ヶ月をしたら貴方は不幸を選んでいた」と続ける。


「だから不幸になる」と言いたいのか?壺でも売るのか?お札でも買わせるのか?

そんな気持ちで睨む高尾一は耳を疑ったが、次の言葉は全く違っていた。


「ウチで採用するわ。ウチも儲かっている訳ではないから多くは上げられないけど、今のアルバイトは日中で時給950円くらいよね?週5日1日8時間で計算してザッと16万払うわ。でも社会保険とかないから、国民保険で年金は自分で払いなさい」


突然の事に「え?」と聞き返す高尾一に、山奈円は「だから雇うわ。あなた後2ヶ月で不幸を選んでいたもの。まあ私にも実利はあるから気にしないで。履歴書は明日持って来なさい」と言った。


「え?採用?」

「ええ。ビルの清掃から、私の仕事の手伝いまで1日8時間、きっちり働いてもらう。そうね、9時〜18時でお昼休憩アリね」


何かの詐欺を疑う気持ちもあるが、バイトもままならない身の高尾一は縋るしかなく「ありがとうございます」と礼を言った。


「今日は暇?今月は日割りの時給計算にさせてもらうから、明日からでもいいんだけど?」

元々の予定は帰って就職情報誌を見るくらいだったので、高尾一は「働かせてください」と言った。


「ありがとう」と微笑んだ山奈円は「早速依頼を片付けましょう」と言って、電車でひと駅隣の街に高尾一を連れて言った。


閑静な住宅地、ごく普通の一軒家に着くと、チャイムを鳴らしてインターフォンに向けて「山奈です」と名乗る。

玄関ドアが開くと、中からは疲労を化粧で誤魔化した女が「今日は来てくださってありがとうございます」と言って中に招いた。


家のランクがあるとしたら中の上。

調度品もしっかりしている。築15年くらいだろう。


「改めまして山奈円です。横田様からのご紹介という事で、当相談所の事はご存知でございますね?」

「はい。横田さんの所はなんとか上向いて来たと聞いて、是非ウチもダメでもお話を聞いていただけないかと思って」


高尾一は何がなんだかわからないが、助手としている以上キチンと話を聞く必要があると思い、話を聞くと、依頼者は右道晴子で話は26歳になる娘の雪子がここの所立て続けの不幸に見舞われていて困り果てていたと言うものだった。


「横田様にもご説明した通り、我々は拝み屋ではありません。カウンセラーでもありません。荒事専門の解決人とも違います。お話の中、筋道から解決の道を見つけられた時だけ提示する存在です」


山奈円の説明に、高尾一は「なんだそれは?」と思ったし、何が出来るのかわからないのに相談料を取るのかと思ってしまった。


だが右道晴子は「それでも、横田さん達は上向きました。ウチにも機会をください」と言って頭を下げると、「規定の謝礼はお支払いします」と言って茶封筒を出してくる。

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