第24話 シスター

 高校三年になったある日、鈴木は日曜学校で、小さな子ども達の世話をしていた。教会の前庭に出ると、初夏の風が心地よかった。そこに、神父がやってきて、カナダから来日したというある見習いシスターを紹介してくれた。その女子修道会では、若い内に、修道女を世界各地に派遣し、様々なことを学ばせるのだという。

 鈴木は、やや小柄な一人の見習いシスターに釘付けになった。灰色のベールとスカラプリオ、白いトゥニカの夏服の修道服が似合っていた。

 彼女の名は、女子修道会の創始者と同じく、マルグリットと言うらしい。紅毛人とは、こういう人種のことかと合点がいった。進駐軍にも、女性の兵士や将校がいたが、日系で、お世辞にも美人とは言えなかった。

 だが、その見習いシスターは、アメリカ映画に出てくるスターのように金髪で、碧い透き通る瞳に鈴木は見惚れた。それからは、その見習いシスターに会いたいがために、鈴木は、教会に通っていたようなものだった。

 鈴木が、日本語を教え、彼女は、フランス語を教えてくれた。カナダでは、英語よりもフランス語が話されていると知ったのは、その頃だ。

 昭和三八年、鈴木は、仙台の大学の文学部に進んだ。家計から、よく入学金や授業料が出せたと思う。後で聞いた話では、教会から援助があったのだという。

 文学部を選択するのに、周りから少し反対があった。理系が不得意だったので、医者になるのは早々に諦めていた。就職に有利なのは、法学部と経済学部だったが、社会に出る前に好きな勉学をしたいと考え、文学部で哲学を専攻したのだ。就職に不利かなとは考えたが、それなりのところには、就職できるだろうと安易に考えていた。

 哲学専攻は、意外なところで話題になっていた。教会の神父やシスターが、高く評価してくれていたのだ。ただ、生活は予想していた通り奨学金だけでは足りず、アルバイトをしても苦しかった。

 大学に入学して気づいたことは、意外に裕福な家庭出身の学生が多いということだ。そんな学生の父は、当時としては、珍しく大学出であり、それなりの社会的地位についていた。鈴木は、自分の家庭の貧しさが、余計に身にしみた。

 大学四年になって、就職を考える時期になった。安定した収入を得ることができる就職口は、いくらでもあったが、自分のやりたいことは見つからなかった。鈴木は、人を救う仕事がしたかった。出来れば、小さい頃から、父のような伝道師やあの教会の神父になりたいとは考えていたが、どうすればよいか分からなかった。

 後で知ったのだが、教会の神父や修道女達は、鈴木を神学校に入学させようと考えていたようだ。そして両親も同様の希望を持っていたらしい。

 鈴木は、大学生の間も夏や冬の休暇には、教会に通っていた。神父が特に目をかけてくれたからという理由もある。鈴木の成績が良いということもあってか、私の跡を継がないかと本気で言われたたこともあった。だが、これには、それなりのわけがあったのだ。鈴木がそれを知ったのは、鈴木が、僧侶になるときだった。

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