第20話 面接二(残虐な刑罰)

 前回から、一ヶ月が経った。今日は、七件の教誨面接が予定されている。湯田との面接は、午前中の最後の時間になった。「どうして、俺はこんなところにいるのか。十年の懲役で、もう十分のはずだったのに。出所して真面目に働いていたのが、放射能のせいで働けなくなる。金はなくなる。食べ物がなくなる。無性に女が、……。殺そうという気はなかった……」

「……」

 鈴木は、相手の話をさえぎらない。とにかく、話させる。

「人のことを言えたものではないが、人間というものは、とにかく醜い。誰を信じていいのかもわからない」

湯田が、つくづく思い知ったとでもいうふうに話しだした。

「その上、俺自信が、俺を信じられない。女が欲しくなると、それが満たされない限り、どうにもならない。その意味で、俺は異常だ。完全に異常者だ」

「人の醜さ、親しい人が信じられないということは、悲しかったろう。辛かったろう。儂にも似たような経験はある」

「へー、和尚さんにも、そんなことが……。俺も、あんなことがなければ、今頃、何事もなく暮らしていたかもしれないなあ」

 湯田が同意を求めていることは、その口調からわかった。だが、鈴木は、賛同しなかった。

「そのようになっても、罪を犯さない人間もいる」

「そうですねえ、罪を犯さない人間もいるが、俺みたいに罪を犯す人間もいる。どうしてですかねえ」

「その人間の強さと言う人もいる。儂は、そんなことは話しても意味がないと思っている。今、ここにいる意味を考えよ」

 湯田は、この話題は、避けたほうが良いと判断したようだった。

「ところで、和尚さん。審査請求も三回目になると、いい加減飽きてきますよ。認めてくれそうもないし」

といかにも、いやになったという表情を見せながら言った。

 「本当に裁判が間違っていると思うなら、三回でも四回でも出さなければならんが、飽きたか……」

湯田は、上目づかいに鈴木を見た。

「えへへ……。戦後すぐは、恩赦で死刑も減刑されたようですね。今は、もうそんなこともないようだし」

「うーん、恩赦か……、気持ちは分かるが」 

鈴木は、何と返事をしてよいか分からないときは、相手の言葉を繰り返すことにしていた。

 そして、今度は、どこから仕入れてきたのか、湯田は、

「しかし、憲法第三十六条に、拷問及び残虐な刑罰の禁止という規程があるんですね。死刑は、残虐な刑罰ではないんですかね。人の命を奪うんだ、これ以上の残虐な刑罰があるか。憲法九条よりも、第三十六条のほうが大事だ」

と興奮しはじめた。

 鈴木が後で聞いたところでは、九州の死刑囚四人が、同様の趣旨で国を相手に精神的損害に対する慰謝料を求める訴訟を提起したとの記事が、新聞に出ていたとのことであった。湯田は、この記事を読んで、我が意を得たりとの思いを抱いたのだろう。鈴木は、呆れはてて、何も言えなかった。

 この男は、親の態度が悪いと言い、再審請求が駄目だと知ると、今度は、死刑という制度そのものがおかしいと言い始めた。

 しかし、この男ももう少し、勉強すればよいものを昭和二十年代に、死刑は残虐な刑罰ではないという最高裁判決が出ているのを知らないのか。

 湯田は、次に何に文句を言うだろう。人間の醜さを知らしめるために、この男は生まれてきたのか。

「お主の政治的な意見として承っておく。あれが悪い、これが悪いと言うのは勝手だが、己が何をしでかしたか、考えたことがあるのかな」

湯田が、不服そうに黙った。

 この男は、頭は悪くはないようだが、一つのことを筋道立てて考えるのが苦手らしい。鈴木は、沈黙を破らないように、窓から見える空に目を向けると、白雲が浮かんでいた。そろそろ、秋かと思った。

 鈴木の脳裏に、己の二十代の頃の出来事がよみがえる。鈴木も又、強姦に近いことをしていたのだ。

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