第19話 独居房

 人により評価は分かれようが、死刑囚の生活の場は、広さ三畳と狭く、それに一畳ほどが洗面台と便器になっている独居房だ。独居房は廊下の両側に配置されているが、映画などで馴染みの鉄格子というものがない。

 ここの拘置所にも、昔は鉄格子があったが、強化ガラスに置き換えられた。鉄格子があれば、対面する房が見える。ということは、声を出さなくても簡単な意思交換ができるということだ。

 それでは、囚人の逃走などが、完全には防止できないとの判断により、廊下からは房内部が窓を通して見え、房内部からは向かい合った房の内部が見えないようになっている強化ガラスが採用されたと聞いている。

 さらに、独居房は、房の前面が中央の廊下に面しているが、後面は、一.五メートル幅の監視通路と接しているものの窓はない。

 建て替え以前は、ほとんどの房には、外の見える窓があり、四季折々の木や花を見ることができた。しかし、この新しくなった「部屋の中の部屋」という構造は、死刑囚に、相当の心理的圧迫を加えていると非難する弁護士もいると聞いている。さらに、車などの外部の音も遮断されるなど、かなり特殊な閉鎖空間であることは確かだ。

 独房では、隣の房の人間と話す、いわゆる通声は禁止で、無言で座っていることが義務づけられている。それでも、死刑囚は、話をしたくなることから、一房ずつ間を空けて収容される。それらの房は、いずれも奇数番号だ。

 朝は、七時起床、食事は、配食されて房内で摂る。二十一時就寝だが、不測の事態に備えて完全消灯とはならない。睡眠時間は十時間となるが、大人がそれほど寝られるわけがない。一般囚のように、工場で作業があれば、ある程度、生活のリズムが整うだろうが、死刑囚に懲役刑は課せられないので、大部分の者は無為な時間を過ごすことになる。

 人間は、孤独では生きられない。対話が必要だ。拘置所での対話とは、近親者か弁護士との面会か手紙の往復が主になる。死刑囚には、文章を書くことが苦手な者もいる。

 文章を書くことが苦手という理由には、以前であれば、ろくに義務教育も終了していないので、文字そのものを書くのが難しいという者もいた。そんな者でも、希望すれば、簡単な読み書きができるようにすることも行われていた。

 問題は、手紙を書くということは、自己の犯罪に目を向けるいい機会であるにもかかわらず、自己の内面に向き合えない、あるいは向き合おうとしない者がいることだ。

 遺族に対し、謝罪の気持ちを伝え、相手から受容にしろ拒絶にしろ何らかの返事があることで、死刑囚は、自己と対面することを学ぶ。又、極度に交通が制限された環境において、手紙を受け取ることで孤独を癒すこともできる。

 拘置所は、死刑囚に 死の恐怖を忘れさせ、死刑囚の精神を安定させるものとして、希望者にだけだが、房内で座ったままできる単純作業を提供している。紙袋作りや値札付けのような極く簡単な作業が多いが、出来高払いで、一つあたり、未だに銭の単位が使われている。いくら頑張っても、月数千円にしかならない。 

 しかし、毎月、それを被害者の家族などに送金している者もいる。償いとしては、微々たるもので、到底、遺族の感情が癒やされるとは思えない。

 拘置所が、そのような処遇をしている反面、死刑囚が読む新聞から、死刑執行に関する記事が削除されることはない。拘置所が、新聞、雑誌を検閲するのは、新聞に公判中の事件の記事が掲載されていた場合、死刑囚が、その記事を閲覧することで、公判に何らかの影響が出る可能性があることを懸念してのことだ。

 ところが、死刑執行に関する記事は、刑の執行以外の情報を含んでいないので、何かに影響を与えることはないとされている。 

 しかも、そのことで、死刑囚の知る権利は保障されているとの説明がなされている。

 僅かの時間だが、屋外に出ることもできる。独居房の外のドアは、両側が薄い壁で仕切られ、天井に鉄格子がはりめぐされた幅二メートル、長さ十メートルほどの細長い空間とつながっている。そこが、運動場となる。

 死刑囚は、そこで、週三回、時間にして十五分程度だが、太陽の光を浴びる事ができた。死刑囚にとっては、貴重な時間である。ここでも、一人であることに変わりはない。

 常に、絞首台に立たされているような状況に耐えられなくなって、自殺、自傷、逃走を企てる者が出るのは当然だ。だが、監視カメラで、囚人の不穏な動きは、全て初期の段階で封じられる。拘置所の独房で、死刑囚が精神状態を平静に保つことは、容易ではない。

 ここの先進的な構造や装置については、まだまだ説明することができるが、教誨使の立場としての見解を求められれば、よくこれほど、相手が、誰でもいいからと死刑囚が話しをしたくなる環境というものを考え出したものだと感心するばかりだ。死刑囚が、教誨の時間を待ち焦がれるというのも、わかる気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る