第12話 精神鑑定

 湯田が、この拘置所に収容されたのは、十年前、裁判が始まってからだ。検察官の起訴前鑑定は行われていなかったが、弁護士が、彼の犯罪に何か異常な点を感じて責任能力に関する鑑定請求を求めたのだ。

 最初に、彼の異常を指摘したのは、病院に看守として派遣されていた若い警察官だった。交代で病室の前で待機している内に、湯田の性的関心が一月ごとに変動するのに気がついたという。

 司法精神鑑定という刑事訴訟法上の鑑定行為とは、いかなるものか、またどのように実施されるのかという素朴な疑問をいだいた若い警察官は、湯田の精神状態に興味を示したらしい。

 その点で、看守としての役目は、湯田の日常を特別の関心をもって監視するのに好都合だった。

 病院内には、被鑑定人の日常的な行動を妨げないために、成人雑誌なども閲覧できるようにして置いてあった。そのような雑誌が置いてあることの意味を理解したその警官は、湯田がどのように反応するのか観察しようとした。実は、その雑誌に興味をもったのも、その警官自身の若さゆえであり、湯田と共通するものを感じていたのだ。

 入院時のロ・テストを含んだ心理検査では、特に異常は認められず、次回の検査は、三週間後とされ、続く二度めの検査でも、異常は認められなかった。

 しかし、入院して四週間が経過した頃から若い看護婦に投げかける眼差しや、性的行為を暗示する素振りなどが頻繁に見られるようになっていたことを若い警察官は、見逃さなかった。湯田は、成人雑誌を食い入るように眺め、誰が見ても彼の性的関心が全般的に高まっているように感じられた。

 だが、その関心は長続きせず、最長でも1週間で、それが過ぎると、湯田は、何ら異常行動と思われるようなことはしなくなっていた。

 鑑定の期間は、三ヶ月かであり、鑑定人は、特に異常所見は認められないとの結論に傾きつつあったが、警察官と医師の雑談の中で、湯田の異常性があらわになってきた。

 湯田の異常行動には、正確な周期性があり、その期間を逃すと把握が困難なばかりか、その痕跡すらもたどりえないという性質があるよう思われた。湯田は、自己の性欲の解消としてトイレで手淫に至っていたが、その回数は、1日に三,四回、それが、最長で1週間継続した。

 三度めの心理検査の時期は、湯田の性欲が最大限に亢進したと思われたときに焦点を合わせ、実施された。ロ・テスト、MMPI(ミネソタ多面人格目録)検査の結果、自己肥大、攻撃性増大、性衝動の爆発的傾向が認められた。  

 それを従前の結果と比較すると、湯田の性衝動は、正常人の平均を遥かに上回り、しかも減退が周期的に認められ、性欲の亢進時には、極度に高揚した性的興奮を解消すべく、年少あるいは弱小の被害者を物色し、相手が恐怖のあまり拒否できないことを性交渉を許したものと解釈するなど利己的な性格が顕著であると診断された。しかし、責任能力を阻害するほどの異常性は認められなかった。

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