第11話 ルポライター 直美

 田丸直美は、三十五歳で独身、フリーランスのノンフィクションライターだ。死刑囚の妻になって、ある連続殺人事件の取材を進めている内に、裁判で公にされたものとは異なる死刑囚の動機を見つけ出して話題になったことがある。業界では、名の知られたライターだ。こういう分野だから、昔と比べれば女性も増えたが、殆どが男性中心の世界だ。

 彼女は、至って普通の女性だが、死刑囚の養子になったことが一回、死刑囚と結婚したことが一回ある。厳密に言えば、死刑囚と結婚したのではなく、相手が、未決囚のとき結婚し、その後死刑が確定したので、死刑囚の妻となったのだ。

 直美は、実際に結婚したことはない。何回か結婚の話はあったが、今ひとつ決心がつかず、そのままとなって現在に至っている。

 新しもの好きで、目立ちたがり屋の彼女は、次は、世間をあっと言わせるような記事をものにしたいと常に考えていた。

 彼女の行動は、まず新聞などで殺人事件の裁判についての記事を見つけることから始まる。そのような事件を起こした犯人の人物像を想像し、できるかぎり事件の動機についての情報を仕入れ、動機と犯罪がミスマッチな印象を受けたときが、彼女の次のステップとなる。

 もちろん、その事件について、彼女が頼りにしている筋からも情報を仕入れて、できるだけ全体像を把握するようにはしていた。

 そうして、もう少し調査をすれば、興味のある記事が書けるという予感を抱いたら、拘置所にいる未決囚に手紙を出す。男性の未決囚にとって、どこの誰だかは知らないが、興味をもって手紙までくれる若い女性に無関心ということはありえない。

 返信には、色々と興味深いことが書いてある。そうしたやりとりを二、三回して、直美は、この未決囚は記事になるほどの闇の部分を持っているのかどうかを判断する。

 直美のところに未決囚から、ぜひ面会に来てくれという手紙が来る。それに応じて、彼女は、拘置所に出かけるのだ。

 彼女は、被告と面会を続け、これはと思えたら死刑が確定する前に妻になる。死刑が確定する前に結婚するのは、死刑囚となってからは、親族でもない限り、面会も叶わなくなるからだ。ましてや、結婚などは思いもつかないこととなる。

 彼女が結婚するのは、もちろん男からのプロポーズによるものではない。彼女と結婚することで、その未決囚が死刑囚になっても、得るものが大きいと提案するのだ。

 得るものの一番大きなものは、死後のことだ。未決囚が死刑囚となったとき、縁を切りたかった彼の親族は、晴れ晴れとして縁を切り、彼が死んだとしても遺骨の引取などは期待できない。

 また、犯行前に既に死刑囚が結婚していれば、九九パーセントは離婚しているから、妻からの遺体引き取りなども期待できない。そうすると、自分の遺体は、どうなるのか、供養はしてもらえるのかと考えると獄中結婚の意義は大きいのだ。 

 とにかく、形だけの結婚であっても、彼女は、彼の遺体を引き取ってくれるだろう。それには、彼が、誰にも明かさなかった真実をそっと打ち明けるという条件付きだが。

 次に、獄中結婚のメリットは、死刑執行まで死の恐怖と向き合う日々を送るうえで、話し相手がいるということだろう。愛情に基づかず、打算による結婚が、果たして、どれほど死の恐怖を紛らわせてくれるものかは、誰にもわからない。

 また、死刑囚との面会は記事になり、それには報酬が支払われる。その半分でも、死刑囚のものとなれば、彼の食事、衣料、書籍代などを賄うことができる。これも、大きなメリットだ。

 とにかく、死刑囚にとって結婚はいいものだ。駄目なら離婚すればいいだけなのだから。

 死刑囚との結婚を考えるのは、彼女だけではない。彼女と同じように考えて、同じように行動する競争相手がいる。理解困難な犯罪であればあるほど、その事件を解明したいという思いは、強くなり、時には、

「五年前は、○○さんに先を越され、悔しかった。今度は、私がスクープする番だから」

 という声が聞こえるときもある。

 そうやって直美は、一度結婚したが、「戸籍に傷が付くのでは」と心配してくれる人もいるが、直美は、大して気にもしていない。今現在、直美は独身だが、それは、結婚した相手が、死刑になって死亡したからだ。

 拘置所で過ごす一回の面会時間は、三〇分と短いが、直美はそれで満足だ。二月半ばになるとバレンタインデープレゼントとして大量のチョコレートを持参して、拘置所の刑務官を驚かせたことがある。

 湯田は、最高裁で裁判が結審する前、拘置所に収容されていたとき、知らない女性からの手紙を受け取った。この手紙は何だ。返事をくださいと書いてあるが、こんな死刑が確定しそうな男に何の用があるんだと、湯田は、しばらく、その手紙を放って置いた。

 すると、又、同一人物から同じような文面の手紙があった。手紙などは、弁護士からの裁判に関するものが大部分で、それ以外に来ることは滅多になかったが、放っておいた手紙が気になり、なぜか、湯田は、田丸直美という宛名に返信の手紙を書いてしまった。

 返信の手紙を受け取った田丸は、記事を書きたいので、面会したいと申し出る。少額だが、報酬も支払うことも明記する。

 そうして何度かの面会の後、犯罪の核心部に迫るためには、さらに取材が欠かせないと判断すると、結婚してほしいと直美は、単刀直入に切り出す。

 湯田は、からかわれているのか、あるいは、おかしな女が彼のファンになったのかと、理解に苦しむ日々を送る。そうやって、逡巡の日々が過ぎると、湯田も焦り始めた。死刑が確定するのは、目前だ。死刑が確定すれば、彼女との結婚どころか面会すらできなくなる。

 それでも、気乗りしなかったので、養子なら構わないと返事をした。湯田の煮え切らない態度に嫌気がさしてきた彼女だったが、最終的に、彼女は養子となることにした。

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