第10話 小学生

 湯田は、ますます、あの手配師のあっせんする仕事に、のめり込むようになり、あの手配師からは、

「あんちゃん、今日も、大丈夫か。よし、頼むかな」

 と指名がかかる始末になった。必要なときに、現場に行ける軽自動車も、役に立ち、ガソリン代も支払われた。仕事も順調、遊びも順調、一生、これで食べていく気はないが、しばらくは、こんな生活で良いのではと思える日々が続いた。

 遊びに行くのは、月一度だったが、これは、湯田のリズムでもあった。男にも、生理のような周期があるのかと、昔、大学生だった頃、仲間と話したことがあったことを湯田は、思い出した。

 だが、そうして、半年も働いた頃、ある朝、起きると、体がだるかった。この頃、少し仕事のしすぎかなとは思ったが、体に異常があるとは、思いもしなかった。

 湯田が、いつものように求人の場所に出かけると、手配師が、湯田の顔を確かめるように見て

「あんちゃん、しばらく安め」

と言った。

 被ばく量が一年間の許容量を超えており、もし、年間被ばく量を超えている者を働かせたことが、明るみに出たなら、その手配師も仕事ができなくなるということだった。

 湯田は、蓄えなどは考えず、稼いだ分は、きれいに消費していた。明日からの生活は、どうなる.それから二週間は、持ちこたえたが、現金収入がないことは、てきめんにこたえた。福祉の世話にでもなるか、今度は、住所もあるしと考えた。

 だが、あの不毛なやりとりをしなければならないのかと思うと、その気力もなくなった。職安に行き、今までの経過を話すと、公的な機関を介さず、そのような仕事をしていたことが、面白くなかったようだ。さらに、湯田が体の具合が悪いというと、病気の人を紹介するわけにはいかないと体よく断られる始末だった。

 湯田は、やりたくはなかったが、盗み以外の手段を思いつかなかった。窃盗の場所は、近いところ、遠いところとを適当にまぜ、時期や時間が集中しないようにして、しかも、くたびれたような民家を選んだ。

 家の中が雑然としているところが、狙い目だった。そのような家は、整理整頓が悪いので、小銭がなくなっても盗まれたのか、どこかに紛れ込んだのかが、分からないからだ。

 食費、衣服費、ガソリン代で、盗んだ金は、すぐになくなった。その上、いつものことだが、女が欲しくなった。今までは、あの放射能の汚れ仕事で稼いで、このモヤモヤを晴らしてきたのだが、これからはどうすればいいのだ。一体、何なんだ。女を殺してでもやりたいと思う俺の身体は、俺のこの。

 聖児の身体は、性欲に悩まされる段階から、とにかく、満たしたいと激しく欲望する段階へと変貌した。

 いらいらとして、軽自動車を走らせると、女子中学生が、何に興奮しているのか、キャーキャーという声を出しながら横断歩道を渡っている。

 すっかり成熟し、男を待っていると聖児には思えた。こんなことばかりを考える俺は異常だ。俺なんか、死んだ方が良い。それも通行人を巻き添えにして死のう。相手は誰でもいい。

 だが、死ぬ前にやりたい。一度でいい。小学生とやりたい。その後で死のう。中学生にしろ小学生にしろ、不審者には、声をかけられても、ついて行かないようにとは、かなり注意されているはずだ。もし、失敗したら、車の型と番号を通報されてすぐに警察が来る。

 どうしたらと考えて、名案が浮かんだ。逆の発想だ。横断歩道でも何でもいいが、目をつけた小学生の近くに、交通事故になりそうで危なかったという様子で車を停める。

 そして、その子に、「危ないじゃないか。どこの子だ。お母さんに文句を言ってやる。さあ、乗るんだ」と言えば、素直に車に乗ってくるだろう。それなら、住所を聞いても不自然ではないし、まして、名前を聞くのは当然だ。 

 毎日、通勤時間でもないのに、同じ道路を往復していては、不審な車だと思われてしまう。通り道を変えて用心しなくてはならなかった。

 ただ、人目をさけようと、自動車の通行が少ない道路を選んだが、そんなところには、あまり横断歩道などが少なく、小学生に声をかける機会がなかった。

 小銭稼ぎをした日の午後、学校帰りと思われる小学生の女の子が歩いていた。まだランドセルに黄色いカバーを付けているところを見ると、小学一年生か二年生のようだ。歩きながら、足元をじっと見つめたり、蝶々が飛んでいると、突然、追いかけ始めた。

 とにかく、見るもの聞くものすべてが、珍しいような、その子は、自分の周りに注意して歩くなどということは身についていなかった。

 女の子の後をつけ、辺りを見回した。人目はない。やるなら今だ。近づいて急ブレーキをかける。驚いて女の子がこちらを見る。危ないじゃないかと怒鳴ったまでは、良かったが、女の子がびっくりして動こうとしなかった。

 事前に考えていた言葉は、出てこなかった。言えたのは、

「とにかく、車に乗るんだ」

と言うことだけだった。湯田は、ドアを開け引っ張り込んだ。女の子が騒いだので、口を塞いでいると息をしなくなった。こんなに簡単に人は死ぬものなのか。

 屍体を運びながら、聖児は、隠す場所を探して走り回った。思い出したのは、更生保護施設の裏山だった。あそこなら、まず人が来ることはなく、覗かれることもないだろう。

 小学生というのは、小さいだけだが、女だった。何だ、こんなに幼いのに、あそこは充分に女だ。まだ温かい。

 聖児は、小学生の頃を思いだした。ああ、そうだったのか、そんなことを考えもしなかった。自分だけが子どもだったのか。周りにいた女の同級生は、皆、大人になっていたのだ。馬鹿にされたのも無理はないと思った。

 パトカーが目につき、不審者の警戒を呼びかけている。居場所を移動する必要があった。自分の異常さに、聖児はいやになっていた。自分は、どこかがおかしい。そのおかしい部分が、こんなことをさせているに違いない。

 強姦して殺したのが、三人目か四人目か分からなくなった頃、聖児は、その場を撮影していた監視カメラから足がつき逮捕された。

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