第9話 あぶない仕事

 湯田は、施設を退所し、蓄えていたわずかの金で、安アパートを借りた。これで住所は、決まったから生活保護の申請は、できるだろうが、今更、福祉の世話になどなるものかと思った。

 どこかで働かなくてはならない。しかし、いまさら職安で、求職したとしても、ムショから出て更生保護施設も務まらなかった者に、仕事を斡旋してくれるだろうか。

 それよりも、湯田は、即日求人のバイトを探した。詳しい仕組みは分からないが、仕事を請け負った業者が、労働者との後腐れをなくすために、当日の朝早く、駅や建設現場にバスで乗り付け、その場で求人するというものだ。

 日によって、仕事は異なり、仕事の内容の説明も、ごく簡単で、どこで働くかも、現場に行ってはじめてわかるという、いい加減な求人だが、賃金が高いのが魅力だった。

 湯田は、アパートに移転した日の翌日早朝に、即日求人があるという場所にでかけた。慣れてくれば、どこの手配師のほうが、日当が高いということもわかってくるらしいが、今は、そんな悠長なことは言っていられない。

 私鉄の駅から外れた場所に陣取った手配師は、

「仕事の内容は、現場についてから説明する。日当 二万二千円」

 と怒鳴った。

 タコ部屋のようなものもあるらしいと聞いていたが、とにかく金が欲しかった。

「よし、乗った」

と湯田が、手を挙げると、つられて二,三人が手を上げた。

 結局、よれよれのジーパンを履いて、いかにも金がなさそうな男たち十人ほどが、バスに乗り込んだ。

「本日は、ご乗車ありがとうございます」

と手配師が、ふざけると、皆が、どっと笑った。

「えー、誠に申し訳ありませんが、本日の交通費と昼食代として合計三千円を差し引かせていただきますので、ご了承ください」

 乗車していた男たちが、少しざわついた。しかし、やめるという者はいなかった。一時間が過ぎた頃、バスは、「○○原子力発電所除染工事現場事務所」と看板のあるところに到着した。

 誰かが、

「ここって、この前、放射能漏れ事故を起こしたところじゃねえか」

とつぶやいた。そういえばと湯田も、その事故を思い出した。  

 手配師は、そんなことは気にしないかのように、これを胸に付けてくれと何かの機器を配っていた。線量計だった。防護服というものも、初めて身につけた。

 現場は、放射線量が高そうな場所で、手配師が、

「まあ、どんなところかはわかるだろう。いやな者は、ここから帰ってくれ。もっとも、ここから駅まで、一時間は歩くがな」

 仕事は、単純なもので、必要なときまで遮蔽板の陰に隠れており、合図に従って、向こうのバルブを回してくる。ただし、時間は、5分間だけというものだが、五分など、あっという間に過ぎる。

 そこを何とか頼むと言われて、バルブを一回転させ、戻ってくると、手配師がいて、心配そうに湯田の線量計を見た。この建屋の正式の現場監督もかけつけ、心配そうに見ていたが、監督の顔が曇った。どうやら、一日の許容量を超えていたようだ。

 その日の仕事は、それで終わりとなって、手配師は

「あんちゃん、すまんな。助かったよ。これは、ほんの気持ちな」

 と言って、湯田のポケットに一万円札をねじ込んだ。

 昼飯代として、二千円差し引きされたが、それでも、今日だけで、二万円の稼ぎになった。

 危険な仕事だったなと湯田は、改めて思ったが、時間の短さと対価の大きさに、即日求人の仕事が気に入った。翌日、同じ場所に行ってみると、昨日とは別の者が求人をしていた。

 湯田は、あの日当の高い仕事が気に入っていた。次の日、あの手配師が立っていた。湯田が申し込んできたので、又、危険な仕事ができるとふんだのか、機嫌が良かった。

 その日も、前回と同じような仕事だったが、バルブを回したその帰り道で散乱した鉄板の上で転んで、戻るまで三分間ほど余計に時間がかかった。遮蔽板の陰に入ると、手配師が、青ざめた顔をして湯田を見ていた。今日は、現場監督の顔が真剣だった。

「必ず五分以内に戻れ、そうしないと命がないぞ。全身除染」

 と湯田に命じた。

 どこで、除染するんだと思いながら、ぼやっとしていると、

「後ろにいる者に聞け」

と怒鳴った。手配師が、

「あんちゃん、あしたから一週間は、休んでいいよ。ほら、一週間分の日当だ」

 と言って、七万円を即座に渡した。湯田は、除染室に入り、全身に念入りにシャワーを浴びせられた。痛いほどの水量だったが、久しぶりのシャワーが、気持ちよかった。

 翌日、朝早く起きた湯田は、ああ今日から一週間は、早く起きなくてもいいのだと思い、また寝ることとした。昼近くに起きて、前日、稼いだ金を改めて数え直すと、一週間は、十分食える額だった。それなりの金を手にして、これから一週間は、どうするかと思案した。

 とにかく、今、やっている仕事が、体に良いものではないことは、十分にわかっていた。まず体を休ませて、少し遊んで、それから、今後のことを考えようとした。

 遊びの時間は、あっという間に過ぎ、それなりの金が消えていった。ソープランドからの帰り道、楽をして稼げる仕事がないかと考えたが、手が後ろに回る仕事しか残っていなかった。

 あの手配師の仕事の厄介な点は、放射能の影響が心配なことだ。間違えば、取り返しがつかないだけでなく、命にもかかわることになる。

 しかし、少々やばくても一週間の内、二日ほど働いて、あとは、のんびりと過ごすこととすれば、健康にも影響が出ないのではないか。それなら、生活が、できそうだった。

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