第12話:裏切り
朝、俺は友利に見送られて会社に到着する。
すると、ひよこみたいにトコトコ近づいてきたのは小鳥遊ひよりだ。
「先輩っ! おはようございます!」
「おう」
「いよいよですねー、昇進おめでとうございます!」
「バカ、まだはえーよ。それにその話はまだ確定じゃないから、内密にな」
「す、すみません……。嬉しくて、つい」
頬を掻きながら「えへへ……」と、誤魔化すように笑う。
「でもこれで先輩も課長かぁー、気軽に先輩なんて呼んだら怒られますかね?」
「怒らねーよ、それにお前の上司なのは変わらんだろ」
「変わらないって……、課長になれば色々忙しくなるんじゃ」
「それでも、ちゃんと見放さずに色々教えるから心配すんな」
頭をポンと撫でてやると、小鳥遊は指をモジモジしながら「そ、そうですか……」と、頬を赤く染めている。
「何、顔赤くなってんだよ?」
「ななな、なってないですよっ!」
「そうかー?」
「そうですっ! ほら、大事な会議なんですよね?」
「っと、いけね。ちょっと行ってくるわ」
「はい、いい報告待ってますっ!」
「おうっ!」
そう言って、手を横に振る小鳥遊をよそに、俺は少し早歩きで会議室に向かう。
課長への昇進。
いまだに実感が湧かないが、誰かがきっと見てくれていると思って、地道に仕事をしてきた。
この会社を本気で変えたいと思う気持ちが絶対伝わるはずだと、そう信じてきて、ようやくここまでこれたのだ。
課長になれば、一気に使える
(……よしっ、頑張りますか)
自信を持って、会議に望もう。
俺は深呼吸をしながら、社長や役員たちのいる会議室を開いたのだった。
# # #
室内は緊張感に満ち溢れていた。
それは、きっとウチの会社の社長である黒川社長がいるからだろう。
(相変わらず、見た目がすげーな……)
恰幅がよく、色黒で金色のネックレスをシャツからお洒落に見せている。
時計や他の装飾品も一流ブランド物。
こう言っては何だが、如何にもブラック企業の社長をしてそうな見た目だ。
(……流石に緊張するぜ)
無論、進藤常務以外の役員たちが勢揃いだ。
眉間に皺を寄せながら、スクリーンに映し出されている資料を見ていた。
「えー、以上のことから今期も黒字でした。この調子でいけば、上場企業への兆しが見えてきております。海外展開も視野に入れてるので、油断せずに今月も動いてもらえたらと思います」
続いて、スクリーンに映し出されたのは「人事部」だ。
「進藤常務、お願いします」
「ああ」
昨日までの雰囲気とは打って変わり、真剣な面持ちで立ち上がる。
そして、俺に目を向けて「わかっているな」という視線を送ってくる。
俺は一呼吸入れながら、コクッと頷く。
すると、進藤常務はいつもの口調で話し始める。
「細かい前置きはなしだ」
スクリーンに起業から今までの歴史が映し出される。
「みなも知っての通り、俺たちは常に変化を求めて、この会社を動かしてきた。変化しないのは停滞と同じ、変化のないものはやがて淘汰される。この会社も例外じゃない。そうだろ?」
拳を握りながら、力説する。
「だがな、残念なことに未だに過去の自分の結果を棚に上げ、自分の権威を馬鹿の一つ覚えみたいに振るい、いい提案を部下がするも『そんな変化は認められない』と、反対してきた役員たちが多いのも事実だ」
心当たりがあるのだろう。
一部の役員が目を伏せる。
「そんな中、常に俺たち役員の反対を押し切り、その変化を自力でやり遂げたやつを知っている。それはここにいる、久瀬だっ!」
俺は周りの視線とともに、その場で立ち上がり、深く頭を下げる。
「こいつは、営業成績はウチのエースである矢野主任と同等に結果を残しつつ、常にトップクラス。育成面や会社の在り方を変えようと常に努力をし続けた」
進藤常務は声を張り上げる。
「俺は知っているっ! 久瀬の行動に対して笑う者がいたことを」
「俺は見ていたっ! 久瀬はそれでも弱音を吐かずに意見を言い続けたことを」
「すると、どうだ? 今では新人社員が定時で帰るのが当たり前になってきているんだぜ。すげーよな」
不敵な笑みを浮かべながら、肩を竦める。
「3日以上風呂も入らずに泊まっていた過去の俺らとは全く違うぜ、まったく」
あはは、と軽く笑いが巻き起こる。
各々、会社立ち上げの頃を思い返しているのだろう。
「この会社の停滞を常に変化を求める人材が必要だと俺は思う」
進藤常務は社長に目を向ける。
「社長、俺はこの会社をもっと大きくしたい。だから、久瀬を課長に」
「ちょっといいかね、進藤常務」
進藤常務の言葉を遮り、成島部長が手を挙げた。
すると、俺のほうを見ながら、成島部長がニヤリと笑うのが目に入る。
(どうして、俺のほうを見て……)
嫌な予感がした。
「……成島部長、何か反論でもあるのか?」
出鼻を挫かれたのが気に食わないのだろう。
進藤常務は成島部長のほうを見て、睨みつける。
「いやねー? 久瀬くんが課長に相応しいとは思いませんのよー」
「なぜだ?」
「なぜって……、それは久瀬君が一番知っているんじゃないのかねー?」
吹き出しそうになっている口元を押さえながら、部長は聞いてくる。
何がそんなに可笑しいのか、その様子に苛立ちを覚える。
「失礼ですが、成島部長。一体何のことを言って」
「くくっ、犯罪者はこうやって言い逃れをするのが定番なのかねー」
犯罪者?
こいつは何をいってるんだ?
「犯罪者って……、俺は何もしていないです」
「はぁ、どうやら彼は言い逃れをするようなので、証人を連れてきました」
(……証人?)
「入りたまえ」
「はい」
成島部長が入口に目を向けると、会議室に入ってきたのは赤みがかった髪と眼鏡が目立つ容姿の整った男が入ってきた。
俺はその人物を見た瞬間、成島部長のいう犯罪の意味がわかってしまったのだ。
でも、なんで、どうして……。
目の前の現実が受け入れられなかった。
「……矢野?」
俺の声に呼応するように、矢野は口元で扇を描いた。
そして、俺の目の前を横切る瞬間、耳元でボソッと呟いた。
「信じる相手を間違えたね」
「っ!?」
「じゃあ、矢野くーん。説明してもらおうかなー?」
「はい、成島部長。そして、みなさんもご覧あれ」
矢野がパソコンにUSBを差し込むと、スクリーンに俺と制服を着ている女の子が抱き合っているように見える写真が映し出されたのだ。
「結論から申しますと、久瀬は自宅に血縁関係にない女子高生を連れ込んでいます」
すると、矢野の言葉に周りがざわめきだす。
そして、さらに追い打ちをかけるように。
「俺もまさか同期であり、最高の
そう言って、俺と友利が映っている写真が公開される。
一緒に買い物に出かけているシーン。
抱きとめたシーン
そして、一緒に家に入っていくシーン。
さらに……。
俺と友利が朝、玄関の入り口で親密そうに話しているシーンが写真で映し出されていた。
見ようによって、それがある勘違いをされることを意味していた。
「……朝帰り、か」
進藤常務がこちらに目を向ける。
「ちがっ、これは……っ」
「はい、彼は何度もこの女子高生を家に連れ込んでいます」
そして……。
矢野の決定的な言葉と共に、俺は反論する余地すら奪われる。
「女子高生を家に連れ込んで、朝まで何をやっていたのか、なんて……言わなくてわかるでしょう?」
その言葉は、俺が性的な犯罪を犯したと想像をさせるには容易だった。
「何もやっていませんっ! 彼女とはたまたま」
すると、俺の真横に再び来てから耳元でボソッと呟く。
「それ以上発言してしまうと、女子高生の彼女に迷惑がかかるんじゃないのか? 例えば、彼女の学校生活や進路、とかね」
「……っ」
(……矢野の言う通りだ)
ここで俺が問題解決させるために、友利に弁解の協力を求めても、迷惑をかけるだけだろう。
俺とは違い、友利は花の女子高生。
俺の未来と友利の未来。
選ぶまでもなく、優先すべきは友利の未来だ。
俺がここで発言してしまえば、友利の未来に大きな傷をつけてしまう。
なら、俺がすべきことは……。
(肯定する以外にないってことかよ……、くそっ)
「まぁ、俺も鬼じゃないからさ。この会議室だけで事を終えるように進めてやる。だから、お前は大人しくしとけ、な?」
「……っ」
何も言えない俺は目を伏せるしかない。
その行動が俺の返事だと理解したのだろう。
ニヤッと笑いながら、矢野は再び口を開く。
「さて、進藤常務。こんなやつの役職を上げる、なんて愚行を犯すわけないですよね?」
「……っ、久瀬。お前からの言い分はないのか?」
進藤常務は苦虫を嚙み潰したように俺を睨みつける。
「……っ」
俺は黙ることしかできない。
今すぐ弁解しようにも、ここでの発言は友利の未来を壊すことになる。
命を助けてもらった身だ。
それだけは、絶対に守らなければならない。
「久瀬……、お前……」
「まぁまぁ、進藤常務。幸い、女子高生の彼女とは少しだけ面識がありまして、俺から彼女に話しておくので、このことはこの場にいる人だけで話が収まるように話は通しておきます。なので、会社の看板に傷がつくことはないですよ? 社長もそれでいいですよね?」
すると、今まで黙っていた社長が大きなため息をつきながら、一言。
「会社の癌をそのままにしておくわけにはいかないな」
「社長、それはどういうことでしょうか?」
その言葉を待ってました、と言わんばかりに矢野はニヤける。
「久瀬響、君はクビだ」
俺はその言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
(……は?)
今、社長は何を言った?
……クビ?
いやいや、何の冗談だよ。
今日は昇進の話じゃなかったか?
なのに、どうしてこうなる?
喉が焼けるように熱い。
怒りなのか、絶望なのか。
よくわからないコールタールのような、ドス黒い感情が溢れ出しそうになるのをなんとか押さえながら、俺は絞り出すように声を出す。
「えっと、冗談ですよね……?」
俺がそう呟くと、社長含めた役員全員が冷たい目で見ていた。
信用していた進藤常務さえも。
そして……。
「さようなら、もう来なくていいよ」
こうして、俺は職を失った。
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