後悔

第11話:暗雲



 カシャ。


 スマホで写真を撮った男はニヤリと笑みを浮かべる。


「随分と仲良くしちゃって、まぁ……」


 写真は、女子高生を抱きしめる久瀬。

 そして、女子高生と二人で家に入っていく瞬間が映っていた。

 

「正確には、ところだけどねー」


 ただでさえ、黒に近いグレーのような行為だ。

 これだけの証拠があれば、いくら久瀬でも覆すのは困難だろう。

 会社も庇いきれないに違いない。 


「あの女子高生には悪いけど、存分に利用させてもらおうかな」


 男は久瀬が特別嫌いなわけじゃなかった。

 むしろ、人間として好ましいとさえ思う。

 だから、邪魔だった。


 求めるのは、常にトップであることだけ。

 入社当時は同世代で俺に勝てるやつなんていないと思っていた。


 事実、俺は歴代最速で昇進した。

 営業成績で圧倒的力を見せつけたのだ。


 だが、久瀬は違った。

 あいつは仕事ができるのに、いつも他人のことばかり。

 

 「他者貢献の権化」とでもいうかのように、他人におせっかいを焼く。

 

 いつか久瀬と飲みに行ったときに言っていた。

 俺は本気でこの会社を変えたい、と。

 

 流石に無理だろ、と思った。

 一社員ができるわけがない。


 結局、こいつもウチの社風に飲まれていくのだろうと。

 その時は思っていた。


 だが、久瀬は本気だった。

 あいつはどんな時でも決して諦めなかったのだ。

 

 他のやつが簡単に投げ出した社員も出来るまで、何度も教え続けた。

 そんな久瀬を周りは馬鹿にした。


 俺もその一人だった。

 そんな無能はとっとと切り捨てろ、とさえ思った。

 だが、久瀬は自分の時間を削り、ひたすらできるまで育成に注力したのだ。

 

 そのおかげか。

 無能社員も少しずつ結果を出し始め、今では他の社員に教えられるまで成長していた。


 そして、その社員たちと共にどんどん仕組みを変えていった。

 最近では、新人や中堅社員を必ず定時に帰らせるようになるまでになった。

 それでいて、自分の数字にも真摯に向き合い、俺と同等の結果を出し続けた。


 そんなやつが目の前にいてみろ。

 周りは久瀬の本気に飲まれていく。


 その意思に巻き込まれるかのように、久瀬はどんどん信用を勝ち取り、入社当時を比べると、会社がどんどん変わっていくのがわかった。


 怖かった。

 この俺がトップでいられなくなるのが。


 数字では、まだ俺のほうが上なのに。

 なのに、なんとも言えない恐怖が俺を蝕んでいった。

 

 そして……。


 ある日。

 こんなことを社内で耳にした。


「最近の久瀬主任は凄いよねー。歴代トップで昇進したも凄いけど結局は自分の数字だけだし、最終的には育成上手が上にあがっていくんだよねー」


 ふざけるなよ……。

 俺が一番貢献してきただろうが。

 

 誰よりも、結果を出し続けたこの俺が久瀬の下だと?

 

「負けてたまるかよ……」


 なんとしても、蹴落としてでも、俺が上に……。


 そう思っていた時に、まさか久瀬本人からこの俺に弱みを見せてくれたのだ。

 女子高生と共同生活をすることになった、という爆弾を教えてくれた。


 この俺を信用しての相談だったことはわかった。

 

 だがな、久瀬。

 お前は間違えたのだ。


 お前の敗因は、ことだ。


「……これでお前は終わりだよ」

 

 男はスマホで送信先を部長に設定して、その写真を送った。

 

「くくっ、これで俺が一番だ」 


 スマホをポケットに入れて、その場を立ち去る。


「あとは、朝帰りのシーンでも撮れれば詰みだね。あー、楽しみだ」


 そして、男の笑い声がいつまでも暗闇に響きわたるのだった……。




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