第10話:好きなもの


 面談を終えて、小鳥遊と別れたあと。

 進藤常務から「そのまま直帰していいぞー」と言われ、珍しく定時上がりすることができた。


 一年に一回あるかないかの出来事だったため、ウキウキ気分で帰路に着く。

 その途中、俺は家の近くにある行きつけのスーパーに出向く。

 習慣というのは怖いもので、特に用もないのに立ち寄ってしまったわけだ。


 (特別何か欲しいわけでもないが、友利にケーキでも買っていくか)


「……って言っても、あいつ何が好きなんだろうな」


 女子高生=甘いもの。

 勝手な偏見だが、基本女子高生といえば「映え」を意識した甘いものが好きっていうイメージがある。


「私、友利っ! 映えぽよ、マジまんじ~」って、言いながら歩いている友利を想像してみる。

 

「くくっ……。似合わねーな」


 笑いそうになる口元を手で押さえながら、適当にぶらぶら歩いていると「久瀬さん?」と、可愛らしく首を傾げながら近づいてくる友利の姿があった。


「お疲れ様、こんなところで奇遇ね。もしかしてサボりかしら?」


「ちげーよ、今日はたまたま定時で上がれたんだ。お前は買い物か?」

「ええ、今日は特売日だもの。卵と洗剤がいつもより50円も安いのよ」


 そう言って、学生鞄から特売チラシをドヤ顔で見せてくる。

 丁寧に赤丸までつけてやがる。


 たかが50円、されど50円。

 

「僅か塵も積もればなんとやら、ってやつか」

「ええ、この50円の差で、もやしが5パックも買えるわよっ!」


「おー、そいつはいいニュースだな」


 友利と話していると、学生と話している感じがどうにもしない。

 どちらかといえば、専業主婦と話している気分だ。

 

 花の女子高生はそれでいいのか?

 実は学生じゃありませんでしたー、って言われたほうが納得もする。


 しかし……。


「何かしら?」

「いや、制服だなー、って思ってな」

「当たり前じゃない、学生だもの」


 (改めて見ると、ちゃんと学生なんだよなぁ……)


 そんな友利の制服姿を見たからか。

 俺はどうしても友利にやってほしいことがあった。


「……なぁ、友利。いきなりだけど『私、友利っ! 映えぽよ、マジまんじ~』って言ってみてくれよ」


 一度思ったら、やってもらわないと気が済まない衝動ってやつだ。

 

「は? あなたバカなの? どうして私がそんな低能なことを……」

「だよなー、言えるわけないよな。お前そういうキャラとかできなさそうだし」


 俺が肩を竦めながら言うと、ムッとした顔で。


「なめないで」

「え?」


「……コホン。私、友利っ! 映えぽよ、マジ卍~っ!」

「言うのかよっ!?」


 (しかも、顔を真っ赤にしながらもピースまで決めちゃって、まぁ……)

 

「友利さん、はしたないわよ」

「いきなりあなたがしろって言うからじゃないっ! てか、マジ卍ってどういう意味よっ!」


「なんでも、感情の高ぶりとか物事の程度を示す日本語らしいぞ。数年前に学生の間で流行ってたやつらしい」


「今の感情が、マジ卍よっ! ……あと、さっきの口調は私の真似かしら? 次したら……潰すわよ?」


「あはは、まさかー」

 

 にっこりと笑う友利がマジで怖い。

 何を潰すかは言うまでもないだろう。


「それにしても、お前……。見た目の割には意外とノリいいよな」

「求められてやらないのは、ただの負け犬よ」


 そう言って、友利は長い黒髪を決め顔でふさっと靡かせる。

 

「一体、誰と勝負してんだよ……」

「……それで? あなたはここで買い物かしら?」


 顔を赤く染めながら露骨に話題を逸らしてくる。

 どうやらこれ以上突っ込むのは無理そうだ。


「お前に何かデザートでも買っていこうって思ってな」

「え、私に?」


「でも、お前のことあんまり知らないなーって思ってたとこだ。好きな食べものとかそういうの」


 そうなのだ。

 俺が知っているのは、こいつが女子高生で空門友利という名前だけ。


 友利の好きなもの、嫌いなもの、好きなこと。

 どういう事情でこういうことになっているのか……。

 

 矢野にも言われたが、何も知らなくて、何も聞こうとしてこなかったのだ。

 わかってしまったら、知ってしまったら。


 多分、俺は性格的に友利の事情に首を突っ込むと思う。

 それもお節介がすぎる、というほどに。

 

 だからこそ、友利について聞いて関係を深めることをしなかった。

 いや、知らないことを敢えて選んでいた。

 なるべく居心地のいい距離を、友利の負担にならないように。


 でも……。

 

 (共同生活をしている時点で、もう遅いよなぁ……)


 少しの抵抗と照れ臭さもあるが、俺は思い切って聞くことにした。


「だから、その……なんだ。友利の好きなものってなにか聞いていいか?」


 俺の質問に友利は意外そうな顔で目を見開く。


「え、っと……。そうね……」

「……なんだよ」


「いえ……。あなたが私について質問してきたことが意外で」

「……そうか?」


「そうよ、あなた私について異常に何も聞いてこなかったじゃない」

「それは……」


「勘違いしてほしくはないのだけれど、それが悪いとは微塵も思っていないわ」


 首を横に振りながら否定しつつ、それでも疑問は拭えない表情で言葉を続ける。


「なんというか……私のことを聞いて関係を深めることを面倒だからしない、というわけでもなく、久瀬さんは私について敢えて知らないことを選んで、私との距離を縮めずにいてくれていた気がするのよ。私に負担にならないように、居心地のいい距離感を保つようにしてくれていたような、そんな感じがしたから……。違うかしら?」


 疑問というよりも、確信した発言。

 どうやら友利に隠し通すのは難しいらしい。

 俺は素直に両手を上げて、降参するポーズをとった。

 

「……バレてたか。一応、聞かれたくないこともあるだろうと思ってな」

「ふふっ、お世話になっているのは私なのだから、立場的にはあなたのほうが上なのよ? 聞く権利くらいあるわよ」


「いや、それは違うだろ。俺はお前に命を救われたんだし、それを言ったら友利のほうが……って、これを言ったらキリがないな」


 俺は苦笑いしながら、途中で言葉にするのを辞める。

 すると、友利は「ふふっ、そうね……」と微笑む。

 

 そして……。


「私の好きな食べ物は、炒飯よ」

「ああ、炒飯……って、チャーハン!?」


「……なによ」

「いや、意外だな……って、思って」


「炒飯は奥が深いのよ。作り手によって、人それぞれの個性と独創性が試される。塩加減、具材、炒め方、形。その一皿に人生が詰まっている。まさに、至高の一品だわ」


「オッケー、わかった。そんじゃそこらの炒飯好きとは、レベルが違うのがわかったよ」


「デザートはそうね、シンプルにアイスね。ポピコが好きよ」


 二つに分けられるコーヒー味のアイス。

 少し溶けたくらいが美味いんだよなぁ。


「おお、なんというか……庶民的だな」

「あなたは何を私に期待しているのよ……」


「いや、てっきり伊勢海老とかそっち系かと」

「お嬢様じゃあるまいし……」


 やれやれ、と肩を竦めながら首を横に振る。

 

「……それで? あなたの好きな食べ物は?」

「俺?」


「私が言ったのだから、私にも知る権利はあると思うのだけれど」


 頬を赤くしながら聞いてくる。

 そういえば、こいつも俺の仕事とかプライベートの話は全然聞いてこなかったな。

 そういう面では、変に気を遣わせていたのかもしれないと思い、少し反省する。

 

「俺は炒飯とラーメンだけど……。あとデザートは……ボリボリ君」

「ふふっ、庶民的ね。私とあまり変わらないじゃない」


「俺に何を期待してんだよ……」

「いえ、てっきりエナジードリンクが主食なのかと」


「ああ、それは間違ってない」

「え?」


「教えてやろう」


 そう言って、俺はエナジードリンクについて語る。


 エナジードリンクは全ブラック企業社員のお供と言っても過言ではない。

 俺の相棒、翼を授けるレッドブル。

 量や味の好みで言ったら、モンスターやゾーンも捨てがたい。

 

 これはあくまで俺の体感だが、エナジードリンクというだけあり、頭も回り、覚醒状態に入るのだ。

 

 パフォーマンスが間違いなく上がる、一種のドーピングだ。

 しかし、あまり飲まない方がいいだろう。


 ぶっちゃけ、後半からは疲れがドッとくるのだ。

 だから、その疲れを忘れるためにもう一本、もう一本と……。

 やめられない、止まらないってやつだ。


 その中毒性に敬意を込めて、俺達社員の間ではこう呼ばれている。


「体力の前借りドリンク、と……って、どうした?」


 俺が饒舌にエナジードリンクを語ると、ドン引きで俺を見つめていた。


「あなたの健康が心配になってきたのよ……。怖いわ、あと怖い」

「お、おう……。すまん」


 どうやら女子高校生には、この話は早かったらしい。

 みんなは真似しないでね!(笑)


「それはそうと、俺らの好みって意外と一緒だったんだな」

「そうみたいね。だからというわけではないけれど、今日は炒飯とアイスにしましょう」


「お、マジでっ!? 昇進祝いにはピッタリだな」

「昇進?」


「実は……」


 俺と友利は買い物を済ませながら、今日あったことを話すことにした。




# # #




「久瀬さんって、ただの社畜じゃなかったのね。凄いじゃない」

「お前は俺をなんだと思ってやがったんだよ……」


「ブラック企業で働くサラリーマン」

「……間違ってないが」


「でも、これで久瀬さんも本格的なおじさんになっていくのね……。ハゲの」

「おい、全世界のおじさんに謝りやがれ。頑張ってんだぞ、あと俺はハゲてないからっ!」


「ふふっ、冗談よ」

 

 俺は友利から荷物を半分もらって、自分の家に帰っていた。 

 もう片方を随分重そうに持っていたが、それも持とうと俺が提案すると「これは私の仕事なのだから奪わないで頂戴」と、窘められてしまった。


「はぁ……、それにしても重いわね……。地球の重力、もう少し軽くならないかしら? そしたらもっと楽に運べるのだけれど」


「他責にもほどがある……。ほら、荷物持つぞ?」

「いやよ、私はこの戦いに勝たないといけないのよ」


「誰と戦ってんだよ……。無理すんなって、今にも倒れそうじゃねーか」


 フラフラと……。

 今にも転びそうになっている。

 どうにもこいつは、負けず嫌いなところがある。

 

(雪で足滑りそうだし、いつ転んでも対処できるように少し後ろに下がって歩くか……)

 

 そして、いよいよ自宅の階段を登り始めようとした瞬間。 


「あっ……」


 案の定、友利は階段を踏み外してしまう。

 俺はすかさず、向かい合う形で友利を抱きとめる。

 

「あっぶねー……、大丈夫か?」

「えっと……」


 友利は目を見開いて、何度もパチクリさせていた。

 自分の状況がイマイチわかっていなかったのだろう。


 友利の綺麗で可愛らしい顔が目の前にあって、少し鼓動が早くなっている気がするが、気づかれてないことを祈る。


 そして、友利はしばらくしてから、自分の状況を理解したのか。

 恥ずかしそうに俺の肩を杖代わりにして「え、ええ……。ありがとう」と、言って立ち上がる。


「えっと……、荷物持とうか?」


 そう俺が提案すると、さっきまで強情だった友利が顔を真っ赤にしながら「お願いします……」と言って、素直に荷物を渡してくる。


 俺は友利のことをあまり知らない。

 けれど、一つだけ確信したことがある。


「友利って、やっぱり負けず嫌いなんだな」


 荷物を受け取りながら、吹き出すように背を向けると。


「……バカ」


 と、友利は頬を赤く染めながら、俺の背中におでこをぶつけてきた。 


 

「あとね、言い忘れていたのだけれど」

「ん?」


「……昇進おめでとうございます」

「おう……」

 


 (……こんな関係も悪くない)



 


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