第9話:面談


 ――面談。


 どの会社にもそう言った場所やそれに近い時間が設けられている。

 ウチの場合、ワンルームくらいある部屋にソファが二つと机が一つ。

 互いに向き合う形にあるシンプルな作りだ。


 俺たちが面談室に入ると、進藤常務は既に座っており、俺と小鳥遊は反対に向き合う形で座ることにする。

 

「……それで?」


 こめかみに手を当てながら、ため息をつく進藤常務を見て、俺はすっとぼけるように肩を竦める。


「何か問題でもありましたか?」


「あのなぁ、上司との面談があるって言って、どこに後輩を連れてくるバカがどこがいるんだよ」


「いやぁ、どうしても小鳥遊が見たいって言うから仕方なく」

「なっ、先輩!?」


 許せ、小鳥遊。

 心の中で謝っていると。 


「嘘つけ、この面談を早く切り上げるための口実として連れてきたんだろ」


 (すぐバレてしまった……)


 しかも、俺の横では小鳥遊がふくれっ面でむーっと見ていたが、無視だ、無視。

 頭を掻きながら、進藤常務は話を続ける。


「まぁ、いい。ついでに小鳥遊さんにも聞きたいことがあったしな」

「……え、私にですか?」


 自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう。

 背筋をピンと伸ばし始める。


「率直に聞くが、今の会社についてどう思う?」

 

 すると、小鳥遊は緊張したように答える。


「ええと……。御社の真っ直ぐで熱い理念と姿勢にとても共感しててですね、とても素晴らしくて、えっと……」


「ぷっ、面接かよ。進藤常務、そんなに圧力かけたら死んじゃいますよ? ただでさえ、見た目インテリヤクザみたいなのに」


「あぁ? お前喧嘩売ってのかぁ!?」

「ご、ごめんなさい……」


「くくっ、ほら、小鳥遊ビビってますって。常務、押さえて押さえて」

「うっ、すまない……。お前なぁ……」


 俺の言葉にビビり散らかす小鳥遊と焦る進藤常務。

 すると、進藤常務は小鳥遊が緊張しないように言葉を選んで話し始めた。

 

「まぁ、なんだ。しばらくウチの会社で働いてみて小鳥遊さん的に働きやすいかって話だ。新人の素直な意見が聞きたくてな。正直な意見で頼むわ」


 なるべく物腰を柔らかくして話していた。

 すると、小鳥遊もそれを感じてか。

 深呼吸をしながら、小鳥遊は口を開く。


「……えっと、良い環境に変わってきていると思います」


 ふんわりと笑みを浮かべる。


「せんぱ……久瀬主任のおかげで、私たち新人……いいえ、、が正しいですね。しっかり定時に帰れますし、むしろ定時に帰らないと怒られますので、仕事のスキルも必然的に伸びている実感があります」


 「そうは言っても、スキル的にはまだまだで久瀬主任におんぶにだっこですけどね」と、苦笑いしながら言葉を続ける。


「なので、進藤常務が言う質問に対しての答えは、とても『働きやすい』が答えです」


「へぇ、よかったじゃねーか。久瀬」

「ですね、ちょっと安心はしています」


「実は、私たち新人の間で他部署と比べると残業もないし、スキルやメンタルケアも久瀬主任が中心にしてくれるので、とても羨ましがられるくらいなんですよ」


「……ふーん」

「ふふっ」


「……おい、なんでそこで笑いやがる」

「久瀬主任が嬉しそうですもん」

「っ、別にそんなことねーよ。普通だ、普通」


 (……でも、そんな話が出ていたのは素直に嬉しいな)


 他部署では、上司からの怒号が飛び交うのは当たり前。

 三日間くらい寝泊まりして、つい最近までは汗拭きシートを風呂代わりにしていた、なんて話が当たり前に出る会社だからな。


 新人が僅か数週間で飛ぶなんてのは日常茶飯事。

 勤務時間と教育面においてはとても充実している。

 この言葉が新人から出ただけでも、大きな進歩だと思う。

 少しでも会社を変えようと思ってる俺としては、嬉しい情報だった。


「でも、それは久瀬主任が一人で他の人の仕事を受け持って初めて成り立つんだと最近になって気づき始めました」


「まぁ、久瀬がやっていることを疎ましく思っている奴もいるのは事実だわな」


「……事実、久瀬主任がこの間まで連勤のしすぎでパンク寸前だったのは、誰の目から見ても明らかでした。、です」


 優しい小鳥遊にしては、少し棘がある言い方だ。

 恐らく、年末の部長の件を思い浮かべながら言っているのだろう。


 だが、それは定時で上がるためには必要な工程なのだ。

 彼女たち新人のスキルが上がれば、必然的に俺の時間も増えてくる。


 そう、これは俺が楽をするための初期投資。

 だからこそ、丁寧に育てている。


 だから……。


「小鳥遊、それは」

 

 違うぞ、と言おうと思ったら進藤常務に発言を手で止められる。

 

「いい、続けてみろ」

 

「はい……。なので、私個人の意見としては、なぜ久瀬主任がなのか? というのだけ伝えたいなって。この人はここに埋まってていい人じゃないです。……そこでお願いがあります」


 そして、小鳥遊は大きく息を吸って、進藤常務に訴えかける。


「この会社を本気で変えたいなら、久瀬主任を」

「おい、小鳥遊。それは」


「もっと上にあげ」

「おいっ!」


 俺は思わず大きな声を出して、小鳥遊の発言を止める。

 昇格うんぬんは、一平社員の小鳥遊が常務にしていい意見ではない。

 そう思い、小鳥遊の発言に対して謝罪しようとすると。


「だよな、俺もそう思うぜ」

「……は?」


 進藤常務は俺の反応を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。

 そして、机に置いてある紙媒体の資料を取り出した。


「常に営業成績はトップクラス、部下からの信頼も厚く、会社の体制を変えようと本気で努力して、結果を残している。久瀬響はこんなところで埋もれていい人間ではないみたいだぞ、久瀬」


「あの、進藤常務?」


 (まさか……)


「ということで、久瀬。明日ある会議で正式に俺から発表させてもらう、異例の二階級飛ばしの昇格だ」


「は? ちょっと、それってどういう」

「頼むぜ、


「はぁぁぁぁぁぁ!?」

「これにて、面談終了だ。帰っていいぞー」


「ちょっと、俺の意思は」

「いけないぞー、久瀬。もうすぐ定時過ぎちまうぞー? 小鳥遊さんに残業させていいのかー?」


「くっ、それは……」

 

 小鳥遊を連れてきたことを逆手に取られるとは……。

 まさか、この展開を先読みされていたのか?


「ということで、よろしく頼むぜ。上司命令だ」

「……っ、承知いたしました。進藤常務」


 (ど、どうしてこうなったんだ……)


 俺が呆然としていると、その横で自分のことのように嬉しそうに小鳥遊がぴょんぴょん飛び跳ねているのを見て、ため息交じりに笑うしかなかったのだった……。



# # #



 ――別室にて。


「……というわけなんですよ、部長」

「へぇ、まさか、あの久瀬がなぁ……。くくっ、お前も悪いやつだなぁ」 

「ふっ、野心家って言ってほしいですね」


 赤みがかった髪色をなびかせながら、男は眼鏡越しに不敵に笑う。


「あー、怖い怖い。僕も気を付けておかないと」

「まさか、成島部長にはのし上がってもらわないと」


「あはは、君はついていく上司をちゃんと見ているねー」

「まぁ、あいつは元々邪魔な存在だったんで」


 誰もいない社内で二人。

 成島と男が座って話をしていた。


 いつものように、ふっくらしたお腹をポンポンと叩く。


「くくっ、これであいつもおしまいだなぁ……。あー、愉快、愉快」


 成島は鼻をほじってそこら辺に飛ばした。

 男はニヤケ顔が止まらなかった。

 絶望したあいつの顔が目に浮かぶからだ。


「常務も常務だよ、まったく。あんな若造なんかに期待しやがって……。たまたま運が良かっただけじゃないか」


「本気で社内を変えようとしてますからねー、久瀬は」

「ほんと異分子だよ、あいつは……。そのおかげで肩身が少し狭くなっていたんだが……。でもまぁ、これでチャックメイトだねぇ」


 成島は窓の外を見る。

 そこには、ビルの最上階から見える街の輝きがあった。

 それはまるで、自分を祝福してくれているような感覚に成島は酔いしれた。


「さてと、暇つぶしにキャバクラでもいくか、君も行くかね?」

「いいえ、部長を差し置いては」


「くくっ、僕はモテるからなぁ。ふん、ふん、ふーん♪」

「はい、楽しんでください」


 男は上機嫌に鼻歌を歌う。

 

「素直に俺の言うことだけを聞いていればよかったのになぁ……。


 ――この会社に必要なのは、なんだよ。


「あー、どうなるか楽しみだなぁ~!」


 社内では男の不気味な笑い声がいつまでも響いていた……。  

 




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