第8話:仕事
「小鳥遊、例の案件。進捗はどうだ?」
「順調です、あとは細かなスケジュール調整だけですね」
「そうか、お前もだいぶ仕事に慣れてきたな」
「先輩が丁寧に教えてくれたからですよ、任せてくださいっ!」
らじゃ、と言わんばかりに元気に返事をするのは金髪の髪色が目立つ小鳥遊ひよりだ。
一部では、ひよりんなんて呼ばれている。
見た目はひよこみたいに小さいが、素直で明るく、周りからはマスコット的な扱いだが、何事も一生懸命な姿は見ていて気持ちがいい。
(一生懸命すぎて、たまに突っ走るところはたまに傷だが……)
「何かあったらすぐに」
「報連相だぞ、ですよね?」
「……俺の台詞、とるんじゃねーよ」
「えへへ」
年明け。
あっという間に三連休も終わり、いつも通りの日常が始まった。
学生の時もそうだが、どうしてこう連休というのはあっという間に過ぎ去るのだろうか。
まだ休みたいという願いも虚しく、今日も生きるためには働かなければならない。
働かざる者食うべからず、とはよく言ったものだ。
そういえば、夫という漢字を逆さにすると¥になるってSNSで話題になっていた。
くっ、俺もいつか結婚したら嫁のATMになるのだろうか。
(そう思うと、男って女を養うために生まれてきたんだろうなぁ……)
男は死ぬまで働き続ける。
うん、いい響きだぜ。
この言葉に快感を覚えるあたり、俺も徐々にブラック企業の社風に染まりつつあるらしい。
俺の直属の上司は名言を残している。
人は理不尽の中でしか成長しない、と。
「はぁ、働きたくない」
そう独り言を呟きながら、取引先に定型文の挨拶メールを送るのだった。
# # #
「終わったぁ……」
「お疲れ様です、先輩」
小鳥遊と外回りが終わり、会社近くの喫茶店で休憩をしていた。
俺はコーヒー、小鳥遊はホットサンドを美味しく頬張っている。
すると、小鳥遊の携帯が鳴り響き、急いで席を立ったかと思えば、すぐ戻ってきて「先輩、進藤常務からです」と、報告を受ける。
「げっ、進藤常務か……。小鳥遊、俺はいないって伝えておいてくれ」
「あのー、ちなみにいないって言われたら、居酒屋で話した黒歴史をお前の部下に話すって言ってましたが……」
「うそうそ、めっちゃ嬉しいぜ。早く代わってくれ」
「先輩、何やらかしたんですか……」
小鳥遊が怪訝そうな顔でこちらを見ているが無視だ、無視。
俺はため息交じりに電話に出る。
「はい、代わりました。久瀬です」
「おー、久瀬。今から面談するから時間空けてもらえるか?」
「面談ですか……」
「なんだ、嫌なのかぁ?」
「常務の面談って、大体は俺への釘差し目的じゃないですか……」
面談。
主に人事考課、人材育成、マネジメント改善、動機形成の四つに分かれる。
しかし、俺の場合は違うのだ。
「あはは、久瀬は社内でも屈指の問題児だからなぁ。暴れすぎなんだよ」
「やだなぁ、俺はただ思ったことを言っただけですよ」
「それを暴れるって言うんだよ。誰が部長相手に喧嘩売れって言ったよ。あのあとのフォローは大変だったんだぜ?」
「いやぁ、あの時はつい熱くなってしまって……。すみません」
「いいさ、それくらいじゃないと面白くない」
俺は入社してからというもの、この会社の在り方に疑問を持っていた。
毎日深夜まで働いてるのに振り込まれない残業代。
当たり前のように繰り返される会社での寝泊まり。
有給休暇なんて、なにそれおいしいの? 状態だった。
そのせいで何度も辞めていった仲間の姿を見てきた。
理不尽に怒鳴られ、人間扱いはされず、ゴミ扱いされてきた。
しかし、高卒の俺を雇ってくれた会社だ。
多少なりとも恩義もある。
だからこそ、会社の中から変えないといけないと思った。
だから、俺は必死に頑張った。
力がないと、権威がないと、一平社員の言う意見なんて通るわけないからだ。
だが、ようやく少しずつ権威を持てるようになって、上へ意見を通すことができてきた。
勤務体制の見直し。
会社へ寝泊まりなんてもってのほか。
上層部へ何度も会議で抗議をして、少しずつだが勤務体制も変わってきている。
その度に上層部からは嫌な顔をされたが、知ったことではない。
(特に、成島部長は俺のこと嫌っているからなぁ……)
そんな中、俺の肩を持ってくれたのが進藤常務だ。
何度も上層部に突っかかる俺の姿を見て、面白いと思ってくれたらしい。
小鳥遊たちが定時で帰れるのも、常務の力あってこそだ。
「まぁ、今回は違うって。それじゃあ、面談室で待ってるぞ」
「はぁ……わかりました」
「あと、小鳥遊さんにもデート中にすまんって言っておいてくれ」
「セクハラで訴えられますよ、主に俺が」
「あははっ!!」
(笑い事じゃないんだよなぁ……)
俺は電話を切ったあと、ため息交じりに席を立った。
「よし、小鳥遊。常務と面談に行くぞー」
「えぇ!? それって先輩だけじゃないんですか!?」
まったくもってその通りだが、そんなことは関係ない。
だって、話長くなったら仕事終わんねーんだもん。
小鳥遊の定時上がりをちらつかせて、面談なんてさっさと終わらせてやる。
「俺と一緒に怒られようぜ、お互い問題児なんだし」
「えぇ、それは先輩だけじゃないですかーっ!」
「オレンジジュース奢るから許せって、な?」
「……先輩、私がオレンジジュースでなんでも釣られるって思ってません?」
「違うのか?」
「違わないですけど……」
「子供だなぁ、小鳥遊は」
「もーっ!」
「あはは、冗談だよ。悪かったって」
ピヨピヨとひよこみたいに飛び跳ねる小鳥遊をなだめつつ、俺たちは喫茶店を出て、会社の面談室へと向かったのだった。
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