第7話:買い物


 年末。

 仕事は趣味です、と毎日のように言わされているウチの会社でもこの期間は三日間の休日が存在する。


 とはいえ、男の一人暮らし。

 友人も彼女もいない俺がやることなど、ビールとつまみを買い足して、ネットで動画を漁るくらいだ。


 今年もそうなる予定だったのだが、今は……。


「この計算問題、喧嘩売ってるのかしら? 社会で使うわけないじゃない」

「お前、ずっと制服だよな? 冬休みなのにどうしてだ?」


 頬杖をつきながら、俺の家の炬燵で喧嘩を売りながらノートに数字を書き込む制服姿の友利の姿を見て、つい言葉を掛けてしまう。


「制服とパジャマしか持ってないのよ」

「……冗談だろ?」


「あとはネットで全部売ったわ。生活のためにね」

「……はぁ、お前そういうこと早く言えっての」


 そう言って、俺はビジネスバックから財布を取り出して諭吉を三枚くらい渡す。


「ほら、これで好きなの買ってこい」


 すると、友利はきょとんと可愛らしく首を傾げる。


「食材、かしら?」

「バカ、今の話の流れでなんでそうなる。服だよ、それだけだと色々不便だろうが」

「……さすがに悪いわ。ご飯までご馳走になっているのだし、今のままで充分よ」


 バツが悪そうに首を横に振る。

 こいつの当たり前の生活基準が低すぎて驚く。

 俺は「まさか……」と思い、今の生活状況を聞いてみる。


「お前、もしかして家にある物って全部売った、とかないよな?」

「そうよ? 証拠に……はい、鍵」


「お前、仮にも女の子なんだから、男に鍵なんか渡すなよ……」

「私が嘘ついてるかもしれないじゃない、簡単に女を信用してはダメよ」


 そう言って、俺に自分の部屋を確認するように視線を外に送る。


「発言と行動がブーメランすぎる……。まぁ、いいけど」


 俺は友利から鍵を受け取り、玄関を出てから隣の友利の部屋まで行く。

 すると、友利の言った通りだった。

 

「うっわ、マジでなんもねーじゃん」


 倒れて目覚めたときは、あまり気にして見ていなかったが、女子高生の一人暮らしとは思えない部屋だった。


 あるのは、布団とハンガーにかけてあるパジャマ。

 それ以外は生活に必要な食器と生活必需品のみしかなかったのだ。

 

 あまりに物が少なすぎるな……。

 よくこれまで生活出来たもんだ。

 すると、矢野が言っていたことをふと思い出す。

 

(あいつの親って、いったいどうしてるんだ……?)


 訳あり、って言っていたし深くまで事情を聞かなかったが、ここまでとなるとさすがの俺も見過ごすわけにはいかなかった。


「はぁ……。ったく、おい友利!」

「どう、嘘ついてなかったでしょ……って、ちょ、何!?」


 俺は炬燵から友利を引っ張り上げて「買い物に付き合え」と強引に友利を連れ出して、買い物に行くことにした。



# # #


 

「ど、どうかしら?」


 俺は友利を連れ出して、ショッピングモールに来ていた。

 最初のほうこそ、駄々をこねていたものの、俺の買い物のついでだと言うと、それなら……と、渋々納得してくれた。


 連れてきたらこっちのもん。

 洋服くらいはプレゼントしようと思い、色々と買うことにしたのだ。


「おー、孫にも衣装だな」

「バカにしてるのかしら?」


「冗談だよ、似合ってる」

「そ、そう……」


 そう言って、試着室で指をモジモジして顔を赤らめているのは、暖かそうな白のパーカーを着ている友利の姿だった。


「それでいいか?」

「ええ……。でも、ほんとにいいのかしら?」


「いいんだって、さすがに制服とパジャマだけだと不便だろ。さっさと買おうぜ」

「……どうも、ありがとう。ふふっ」


 そう言って、会計を済ませて店内を出る。

 ふと、横目で友利を見ると、嬉しそうに袋をギュッと抱きしめていた。

 

 (ったく、子供なんだからこれくらいのことで遠慮なんかすんなっての……)


 勝手な話だが、友利と出会ってから一人のときよりも少しだけ楽しい自分がいた。

 俺には趣味がない。

 

 仕事ばかりで、興味が全く持てなかったのだ。

 仕事ばかりの人生。

 目の前のことをただ頑張ることでしか生きる実感が湧かなかったのだ。

 

 だから、こういう買い物とかも誰かと来たことがここ数年なかったし、友利がいなきゃ、そもそも来る機会なんてこれからもなかっただろう。


 (そういう意味じゃ、ありがとうはこっちの台詞だな……)


 日常から非日常への変化。

 人と生活を共にすることで、ここまで心境や生活が変わるんだな、と。

 自分でも驚いている。


 まさか、年末に女子高生と共同生活じみたことをするだなんて誰が思うかよ。

 数日前の俺に言ったら、間違いなく「そんなわけあるか」って鼻で笑っているところだろう。


「よし、こんなもんか……。あとは何か必要なものはあるか?」

「いいえ、大丈夫よ。これ以上はさすがに貰いすぎだわ」


「おいおい、遠慮しなくていいんだぞ?」

「ここ最近は久瀬さんに甘えすぎているもの。さすがに、ね?」


 取り繕った笑顔を見せながら、首を横に振る友利。


「そうか……」


 一緒にいる時間が最近は多いからわかる。

 どうにもこいつは遠慮とか気を遣うことが当たり前になっているらしい。

 いくら大人びているとはいえ、まだ女子校生。


 学生のうちなんてもっと甘えてもいいと思うが、これ以上友利に言っても同じやり取りの繰り返しだろう。


 まぁ、いきなり出会った俺に遠慮するなっていうほうが難しいか。

 徐々に甘えてくれるといいがな。

 俺は空気を入れ替えるために、友利に別の話題を振ることにした。


「鍋食べたい」

「へ?」

「せっかくの年末なんだ。今日は炬燵で鍋パしようぜ!」


 俺がそう言うと、くすりと吹き出すように友利は笑う。


「……ふふっ、そう。それじゃあ家に帰ったら二人で食べる?」

「ああ、よろしく頼むわ。やべっ、お腹空いてきた」


「ふふっ、仕方ないわね。なに鍋にしようかしら?」

「シンプルに水炊き、かな。ポン酢で食べたい」


「わかったわ、ビールも買うわね」

「おう」

「それと、その……」


 すると、俺の袖を引っ張りながら耳元で。


「……いつもお疲れ様です、これからもよろしくお願いします」

「っ」


 その友利の行動に思わず一瞬ドキッとする。

 だが、女子高生相手にときめくわけがない。

 青春なんてとっくの昔に置いてきた。

 

 俺はおっさん、相手は女子高生。

 これくらいで勘違いするようなガキじゃない。

 そう言い聞かせるよう、俺は咄嗟に友利に言葉を返す。


「……お前、将来絶対いい嫁になるわ」

「な、何言っているのかしら? ……バカ」


 友利は真っ赤な顔をして、俺の肩に軽く拳を入れる。


 (ふっ、この程度で照れるとはまだまだガキだな)


 俺は仕返しに友利の頭を思いっきり撫でてやった。


「ちょ、久瀬さんっ! 髪がクシャクシャじゃない!」

「仕返し」


「この、えいっ、えいっ!」

「ちょ、脇腹突くな。くくっ、くすぐったい」

「仕返しよ、バカ。ふふっ」


 こんな他愛のない会話をしながら、俺たちはショッピングモールを出た。

 


# # #

 


 パシャリ。

 男は不適な笑みを浮かべながら、仲睦まじく歩く私服姿の男と女子高生の姿を撮った。

 他人が見たら、まるで歳の差があるカップルのようだった。


「へぇ、仲良いねぇ……。案外顔も可愛いじゃん」


 スクロールしながら、今まで撮った写真を見る。


「まぁ、これだけあれば十分でしょ。あー、今後が楽しみだなぁ」


 男はその写真を添付して、とある人物に送りつけた。

 

「これでよし。さて、俺は買い物の続きでもしますかね」


 そう独り言を呟きながら、喧騒に包まれる人混みに消えていったのだった……。



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