変化する日常

第6話:予感


 友利と出会い、朝と夜の二回。

 一緒にご飯を食べるようになってから、俺の日常生活が徐々に変化していた。

 

「久瀬さん、起きて。ご飯ができたわ」

「ふぁ……。ねむっ」


 午前5時。

 俺の朝は早い。 

 友利にゆさゆさと肩をゆすられて、目が覚める。


「……冬休みはいいよなぁ、俺も学生に戻りたいわ」

「ハッシュタグ、課題、リア充、青春(笑)」


「やめろ、一気に社会人でよかったって思ったわ」

「でしょ? そういえば、今日は大事な会議じゃなかったかしら?」

 

「やべっ、今日は取引先にプレゼンするんだった」

「無事に成功したら久瀬さんの好きなカレーにするわね」


「絶対成功させる。カレーのために」

「ふふっ、大人なのに子供みたい」


 くすり、と吹き出したように友利は笑う。

 こんな感じで、最近の朝は友利が起こしてくれる。

 一人で起きていた頃と比べると、些か気分がいい。


 例えば、食生活だ。

 以前は栄養ドリンク一本で朝は済ませていた俺だが。

 今は、目覚めた瞬間にはもうすでに朝ご飯が用意されている。


 メニューは、俺の好きなブラックコーヒーに食パンと目玉焼き。

 トマトとキャベツを皿に綺麗にトッピングして、ドレッシングで味付け。

 ホテルで出てくるモーニングセットと全く変わらないレベルの出来栄えだ。

 当然のことながら、めちゃくちゃ美味い。


「おお……。シャツがアイロンがけされてるぞ」

「どこで感動してるのよ……。これくらいは当然よ」


 友利は呆れたようにため息をつく。


 (髭剃りとシャツのアイロンがけって、ついサボりがちなんだよなぁ……)


 最近、営業の調子もいいのもこれのおかげかもしれないな。

 そう思いながら、身支度を整える。


「うしっ、いってくるわ」 

「久瀬さん、ネクタイ忘れているわ……。はい、完成」

「お、おう……。ありがとう」


「髭は?」

「剃った、昨日帰りに電動髭剃りを買ったんだ」

「へぇ……」


 そう言いながら、顔を真正面に近づけてくる。

 僅かに友利の吐息が当たる。

 

「ええ、見た目が全然違うわね。そっちほうがいいわ」

「……そうか」


「照れてるのかしら?」

「照れてねーよっ! ただ……」


「ただ?」

「……恥ずかしいだけだ」

「くすっ、それ意味が一緒じゃないかしら?」


 俺の仕事は、様々な商品を取り扱う営業の仕事をしている。

 何かと人と接する機会が多い職場だ。

 

 最初の頃は、如何にもという感じでビシッとスーツを決めていたが、それも段々と意識が薄れてきて、つい最近まではネクタイを締めずにシワが入ったシャツを着ていた。


 だが、その姿で会社に行こうとした瞬間。

 眉間に皺を寄せながら、友利にめちゃくちゃ怒られた。


「私がアイロンがけするからそのシャツ貸しなさいっ!」


「髭も剃りなさいっ! 見た目九割っ!」


「いくら性格がよくても、第一印象が最悪なら全部台無しよ!」


 ……とまぁ、「!」が四つもつくほど注意されて、今に至る。


 だいたいそこまで印象変わるか? と、そう思っていたんだが……。


「先輩、彼女出来ましたか?」

「……は? できてねーよ。なんだ小鳥遊、朝から喧嘩売ってんのか」

「絶対嘘ですよねっ!? 見た目が全然違いますもんっ!」


 小鳥遊曰く、どうやら俺に彼女が出来たんじゃないかという疑惑まで持ち上がるほど見た目、印象共に変わっているらしい。


 そのおかげか。

 仕事でも頭は回るし、よく部下からも相談を受けるようになった。

 

 友利のいう見た目九割の言葉が身に染みてわかる。

 友利プロデュース、恐るべし。 


「いってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 そんなこんなで、今日も仕事が始まった。 



###



「微妙」

「やっぱり?」

「うん、限りなく黒に近いグレー。いつ疑われてもおかしくないね」


 矢野はエナジードリンクを飲みながら言う。

 煙草の休憩中、最近の俺の変わりように矢野が質問してきたから、友利のことをさらっと話した。

 

 俺としても今の状況を他人からどう見られるのか。

 客観的な意見が欲しかったからだ。

 

「その子の親は?」 

「訳ありらしい、詳しくは知らん」


「事情を聞かないところが久瀬だなぁ……」

「親がいないなんて、今時珍しくもないだろ」


「変なこと聞いてゴメン、なんて言葉を使う台詞は確かに二流だね」

「……なんの話だよ」


「この間、マッチングアプリで出会った女の子と見たB級恋愛映画の話」

「相変わらず女癖の悪いやつだな……」


「男の嗜みさ、久瀬はそろそろ魔法使いにジョブチェンジかな?」

「……否定できないのが悔しい」


「あはは、久瀬も遊べばいいのに。楽しいよー」

「何が楽しくて初めて会った女と遊ばないとならんのだ」


「初めて出会った女と共同生活っぽいことはするのに?」

「うっ……」


 こいつは同期の矢野。

 赤みがかった髪と眼鏡が目立つイケメン、俺と同じ主任だ。

 見た目通りチャラいが、なにぶん要領がいい。


 俺みたいながむしゃらに仕事をやるタイプではなく、とにかく効率重視。

 そこに一切の感情はなく、利用できるものは徹底的に利用する。

 価値がないと踏んだら、容赦なく切り捨てる。

 

 (その性格ゆえ、何度こいつと揉めたか……)

 

「それにしても高校生が一人暮らしねぇ……。ふーん」


 そういう矢野のことを信用している。

 俺とは全く違う答えを示してくれるからだ。

 

「それで、その生活はいつまで続けるつもり?」

「それは……」


「ドラマ的な出会いってさ、麻薬と一緒だよ」


 そう言って、俺の胸を指で刺される。

 

「いつもどおりの日常は嫌いじゃないけど、どこか刺激を求める自分がいる。それも非日常に近い大きなことをさ」


「それは……」


「だから、人は思わぬ出会いに期待し続ける。それでいざ出会ったときはそう簡単に手放せない、男女のきっかけならなおさらだね」


「随分言い切るな……」

「言い切るよ、ぶっちゃけちょっと楽しかったりする自分がいるでしょ?」

「っ、それは……」


 図星だった。

 すると、ニヤリと笑いながら矢野は言葉を続ける。


「動揺しなくてもいいって、別にやましいことじゃない。それが普通だよ」

「……」

「けどね、久瀬。そういうときこそ油断しちゃダメだよ」


 一息ついて、ボソッと呟く。



「非日常を楽しむのはいい、けれど深入りはするな。

「俺は……」



「先輩、どこに戻れなくなるんですか?」

「うおっ、小鳥遊……、ビビらせんなよ」


 突然後ろから声を掛けられたもんだから、驚いて大きな声で叫んでしまった。

 振り向くと、小鳥遊が寂しそうに資料を持ってこちらを見ていた。


「お、ひよりーん。やっほー、相変わらず可愛いねっ!」

「あ、お疲れ様です。矢野主任」


「あらー、相変わらず僕には冷たい」

「あはは……。それで先輩はどこに戻れなくなるんですか?」

「それは……」


 俺が答えずになんとも言えない表情をしていると、その話を断ち切るように矢野が小鳥遊の肩に手を乗っけて声を掛ける。


「それでひよりんはいつになったら、僕とデートしてくれるのかな?」

「……へ?」


「おい、矢野。なに小鳥遊にナンパしてるんだよ」

「えー、だって俺ぶっちゃけ、ひよりんタイプなんだよねー」

「え、えっと……」


 やはり、矢野は女癖が悪い。

 すると、困った顔で小鳥遊は俺の背中に隠れて小声で俺に助けを求める。

 

「おい、どうして俺の背中に隠れる」

「先輩、助けてください。お願いします」

「お前な……」


 (適当にあしらえばいいものを……)


 どうやら小鳥遊は男性に対して苦手意識があるみたいだ。

 特にこういう軽口を言う矢野みたいなタイプならなおさらだ。

 すると、こうなることがわかっていたかのようにリアクションを取る。


「あはは、まーた久瀬に取られちゃったかぁ……。残念」

「矢野、お前もあんまり小鳥遊にちょっかいかけるのは」


「そういう久瀬は鈍感すぎ、もう少し後輩にも目を向けたら?」

「は? それってどういう」


「あはは、ひよりんも大変だねー。またね~」


 俺が矢野にその言葉の意味を問おうとすると、ひらりと躱すように背を向けて立ち去っていく。

 

「なんだってんだ……」


 俺は矢野の言葉の意味がわからず、首を傾げるのだった……。



###



「さて、どうしようかなー。いいこと聞いちゃったし、そろそろ……」



  ――潰そうかなー。



 矢野が冷たい目をしながら俺に背を向けたことに気が付かなかった……。





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