第4話:後輩
クリスマスから数日が経過した。
念の為、その後病院に行くと捻挫だと診断された。
医者に言われて薬用シップで治療しているが、そのおかげか。
痛みも徐々に引いてきている。
それもこれも友利が俺を受け止めてくれたおかげだ。
下手したら死んでいたかもしれない。
そう思うと、いくらお礼を言っても足りないくらいだ。
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――そんな、ある日のことだった。
「先輩、よかったご一緒にご飯に行きませんか?」
昼休憩に入った途端、小鳥遊に昼飯に誘われた。
なんでも先日のクリスマスのお礼がどうしてもしたいとのことだ。
「あれくらいの残業を引き受けるくらいどうってことないんだが」と答えると、それだと私の気が済まないのでどうかご飯奢らせてくださいと何度も頭を下げられた。
仕事も真面目で見た目も可愛らしい小鳥遊がそこまで熱心に昼飯に誘うとは思いもせず、特別断る理由もないので素直にご馳走になることにした。
場所は、みんな大好きサイゼリヤ。
お金がない人でも美味しく外食を楽しめるブラック企業に勤めるサラリーマンのベスト・プレイス。
ちなみに俺の好きなメニューは、ミラノ風ドリア。
従業員が賄いにして食べていたものを裏メニューで出したら思いのほか好評で、現在では看板メニューにまでのし上がった悪魔的美味さであり、コスパ最強の逸話を持つメニューだ。
ミラノに、ミラノ風ドリアはない。
ドリアは、横浜で生まれた。
なのに、名前はミラノ風ドリア。
粉チーズマシマシにしても、300円。
そこで、ちょっと贅沢したいときにセットでつけれるプチフォッカ。
余ったソースをつけて食べても、プラス100円だけ。
これは全てのサラリーマンを失神させる力がある最強のパン。
アツアツ、ふわふわ、滅茶苦茶美味い。
ああ……。
俺は毎日プチフォッカを食べて生きたい。
否、むしろプチフォッカの上で寝たいまである。
俺の夢は、プチフォッカのベットを作ること。
ちっちぇーな、と笑われようと俺はこの組み合わせが好きなのだ。
「というわけだ。今日はご馳走してくれてありがとな」
「サイゼ愛が好きすぎませんっ!? 先輩のサイゼ愛が全然止まらなくて途中、何言ってるか全然わからなかったんですけど」
「サイゼのことならこのサイゼマスター響に任せておけっ!」
「……。それに、微妙にダサいです」
「そ、そうか……」
「私は辛みチキンと、あとこれにしよー」
(くっ、何気に自信あったんだけどなぁ……)
熱くサイゼについて語る俺の姿に若干引き気味だったが気にしない。
それにしても小鳥遊のツッコミ、初めて見たなぁ……と。
そんなことを思いながら、呑気にメニューが来るのを待つ。
すると、水を飲みながら小鳥遊は話題を変えて話し始める。
「そういえば先輩、最近体調良さそうですよね」
「そうか?」
「社内でも噂になってますよ。先輩にとうとう彼女が出来たんじゃないかって」
頬を膨らませる小鳥遊。
なぜに膨れているのかは疑問だが、俺は真っ向から否定する。
「おいおい、自慢じゃねーが人生で彼女なんて一度もできたことねーよ」
肩を竦めながらそう言うと、小鳥遊は訝しげな表情で俺の頭の上を指さす。
「でもこの噂に関しては、ほんとかなって思ってたんですよね……」
「ちなみに、どうしてそう思ったんだ?」
「根拠の一つ目。髪、最近ちゃんとしてますよね? 前は適当だったのに今はワックスでちゃんとお洒落に整えられてます」
「……まぁ」
「根拠二つ目。今着ているシャツにアイロンがけされてます。さらにネクタイまでしっかりつけるようになりました」
「……そうだな」
「根拠三つ目。髭を剃るようになって、渋めな顔からかなり若返って、その……かっこよくなってます」
「……あ、ありがとう」
「根拠四つ目。先輩は乾燥肌だったはずなのに心なしか肌も潤い始めています。多分ですけど、化粧水を塗り始めましたね?」
「……正解だな」
「以上のことから、先輩には彼女が出来たと判断したというわけですっ! Q.E.D. 証明終了ですっ!」
立ち上がり、ドヤ顔で俺を指さしながら決めポーズを決める。
その様に思わず、おぉ〜っ! と周りのお客さんも拍手している。
どうやら俺たちの会話に興味を持っていたらしい。
あ、どうもですーと、小鳥遊も照れ臭そうに声援に答えている。
(……って、どんな状況だよ。これ)
「というわけで根拠を並べてみたんですが、実際のところどうなんですか?」
「だからいないって。……まぁ、生活が大きく変わったってのは否定しねーけど」
「え? それってどういう……」
「――お待たせしましたっ! ミラノ風ドリアとプチフォッカのセット、辛みチキン、柔らかチキンのチーズ焼き、ご飯の大盛になります」
「お、きたきた。早く食べようぜっ! ……って、なんか言ったか?」
「い、いえ……。先輩の目がこれ以上ないくらい輝いてるので、また今度にします」
最後に小鳥遊が何か言いたげな様子だったが、これ以上ツッコまれるのも面倒だから、俺はあえて見て見ぬふりをした。
……それにしても。
「小鳥遊、結構食べるんだな」
「むっ、先輩が食べなさすぎなんですっ! 男ならもっと食べてくださいっ!」
部下の小鳥遊は意外と大食いでツッコみ上手なのがわかった。
やはり部下とのコミュニケーションは面白い。
色んな顔が見れるし。
なにより新しい一面が発見できる重要な場でもあるのだ。
こういう時間もやっぱり大切だな、と。
改めて実感したのだった……。
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