第3話:女子高生
仄かなで美味しそうな香りが鼻孔を擽った。
ぼんやりと意識が浮上してくる。
ゆっくりと目を開けると、カーテン越しから朝陽が差し込んでいた。
(……ここは、一体どこだ?)
見たことのないシンプルな部屋。
テレビや飾っている装飾品もなく、生活感があまりない。
あるのは、何冊かの本が棚に仕舞ってあるだけ。
瞼を擦り、左腕に付けている腕時計の針を見ると、朝の8時を過ぎていた。
「……っ!?」
ボーっとしていた目が一気に覚める。
(やばい、完全に遅刻じゃねーかっ!!)
そう思い、バッと起き上がる。
すると、右手を中心に体全体に痛みが走った。
「~~っ」
痛みで一人ベットで身悶える。
傍から見たら、涙目になった情けない顔になっているに違いない。
それに、よくよく考えてみたら今日は久しぶりの休日だったことを思い出す。
「はぁ……」
ため息交じりにベットにそっと寝転がる。
見慣れない天井を見ながら、ふぅーと息を整えて瞼を閉じる。
さてと、ゆっくり休むとしよう……って。
「そうじゃねーだろ!? どこだよ、ここっ!?」
一人でノリツッコミをした。
すると、ドアをゆっくり開けて視界の中に飛び込んできたのは白シャツ一枚だけを身に纏った黒髪の女の子。
下は何も履いておらず、黒色のレースパンツがチラッと見えた。
皿に乗せた食パンを2枚とコーヒーカップを2つ器用に持っていた。
「あら、起きたのね。大丈夫かしら?」
「えっと……」
俺が訝しげにしていると、きょとんとした顔をしながら彼女は。
「自己紹介したのだけれど、覚えてないかしら?」
「……あー」
「思い出してきたかしら?」
あぁ……。
だんだんと思い出してきた。
仕事終わりに疲れすぎて、階段から滑り落ちたんだった。
それで、死にかけていたところを彼女に助けてもらって……。
そのあとはなんかしょーもない会話をして……あれ?
その後、どうしたんだっけ?
なんかあまりに眠すぎて途中寝たところまではなんとか思い出せる。
だが、どうやって部屋まできたのか全然思い出せねぇ……。
だが、これだけは思い出せる。
「……友利さん、だっけ?」
「ええ、それにさんはいらないわ。私のほうが年下よ」
ですよねー。
証拠に目の前の壁に高校生っぽい制服が掛けられている。
しかも、ここはベットの上。
「……だよな、ちなみにあの制服は……」
「……? 私のだけど着てみる?」
「着ねぇよっ!? なんでそうなった!?」
「面白そうだから、かしら?」
「捕まるわっ!?」
「ふふっ」
口元を押さえながら笑っている。
その笑顔に思わず見惚れてしまいそうになる。
……だが、今はそれどころじゃない。
「いきなりで悪いんだが聞きたいことがある」
「ええ、どうぞ」
「この場所って……」
「私の家よ、ちなみに一人暮らしなのでお構いなく」
「……ですよねー」
はい、終わった。
俺の人生もう詰んだじゃん。
事情があったとはいえ、俺は女子高生の家に上がり込み。
あまつさえ、助けてもらった恩を仇で返すという所業。
しかも、部屋に上がり込み、無意識に襲ってしまうという罪。
完全にゴミ野郎じゃねーか。
許してもらえないとわかっているが、すぐさま土下座をして頭を下げた。
「すまんっ!」
「えっと……?」
「許されないことをしたのはわかっている。俺はとんでもない過ちを犯してしまった。逃げないからすぐに警察に突き出してくれ。この償いは一生かけてするから」
「一生? 過ちって……。私になにかしたのかしら?」
「い、いや……。すまない。正直、記憶にはないんだが……。俺は、あんたをその……襲ったんだろ?」
「何を言ってるのかしら?」
「いや、だって……そうじゃないと、そんな格好は流石にしねーだろ」
「あー、そういう……。ごめんなさい、それ勘違いよ」
「……は?」
「私のこの恰好を見て、ヤッたって思ったんでしょ?」
「ヤッたって、お前そんな恥ずかし気もなく堂々と……違うのか?」
「童貞みたいな反応しないでちょうだい、私は立派な処女よ」
「そ、そうか……」
「「……」」
「……見すぎよ、セクハラで訴えるわよ」
「理不尽すぎんだろっ!?」
(……って、これと似たようなやり取り、昨日もしたような気がする)
「いや、でもそれにしたって……。その姿は一体……」
「他の洋服が乾いてないのよ……」
「いや、しかしだな……。その恰好は……っ、色々ダメだろ。俺も男なんだぞ?」
「そんなに恥ずかしがられると反応に困るのだけれど」
「だって俺、童貞だもん」
「このタイミングで、そのカミングアウトってどうなのかしら」
「一応襲わないぞって意味で」
「……どうもありがとう。でも、その年齢で童貞って、あなた……」
「なんで俺、朝から女子高生に童貞ってことバラしてんだろ? やばい、死にてぇ」
「え、いや……。ほら、私も処女だし、お互い様っていうか……って、なんで、あなたの童貞を私の処女で慰めなきゃいけないのかしらっ!?」
「す、すまんっ!」
「「……(気まずい沈黙)」」
「コホンッ……お互いの為にこれはオフレコってことで、どうだ?」
「そうね……。なんかごめんなさい」
「いや、俺も悪かった……」
「コホンッ……。それで何か言いたいようだけれど?」
「ああ……。友利に救ってもらった恩を返したいんだよ」
「そう……。あなた、さっきからなにかしないと気が済まないって顔してるものね」
「そのまま恩を返さないでいると、死んだ婆ちゃんの霊が夢に出てきて『あんたをそんな子に育てた覚えはないんじゃが』と言われるくらいには気が済まない」
「その話題、地味にツッコみづらいのだけれど」
相手は女子高生。
これくらいぶっこんでいかないと聞きたい本音が聞けないからな。
これを言えば、大体は同情してこっちのお願いを聞いてくれる。
ちなみに死んだ婆ちゃんと言っても、遠い親戚すぎてよく知らんが。
嘘はついてないから大丈夫だ、多分。
「ま、それくらい気軽に言ってくれってことだよ。出来ることならなんでもする」
「……本当になんでもいいのかしら?」
「命を救われたんだ、可能な限りなんでもするつもりだ」
「それじゃあ……。その、お願いがあるのだけれど……」
空門さんはもじもじしながら、上目遣いで頬を赤らめた。
え、なに、この反応……。
「私、あなたの隣の部屋の202号室の住人なのだけれど」
「ああ……。……は?」
(……今なんつった? 俺の隣の部屋!?)
「私にあなたのご奉仕をさせてほしいわ」
「……ご奉仕って、はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
これが、隣の部屋に住む女子高生。
空門友利との出会い。
この出会いが、俺の運命を大きく変えることになるなんて。
この時は、微塵も思っていなかった。
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