第4話 甘えさせる!

 キーンコーンカーンコーン。

 保健室で彩楓凜の要望に応えていたら、6時間目の終わりを告げる呼び鈴が鳴った。

 1時間ってこんなに短かったっけ。好きなことをしているときは時間の流れが早く感じるってよく言うけど、本当だったんだな。

 肩揉みとか足つぼとか色々させられたけど、彼女の反応が面白くて楽しんでしまっていた。


「それじゃ彩楓凜、教室戻ろっか」


 僕は放課後のホームルームを受けにベッドの上から降りる。

 名残惜しいけれど、これくらい僕か彩楓凜の家に遊びに行けばいつでもできる。


「時間経つの早いなぁ。わかったー。じゃあ最後にギュッしよ!」


 彩楓凜も僕と同じ感覚だったみたい。最後って……彼女の言う「最後」は永遠に続くやつだ。

 でも「ギュッしよ」っていう誘い方があざとくて逆らえない。


「……一回だけね」


「も、もちろんだよ。さっはやくはやく!」


 挙動不審になりながら急かしてくる彩楓凜。

 ホームルームまでの時間があまり無いので、ササッと勢いよく抱きつく。


「わっ! へへっ♪」

 

 勢いをつけて抱きついたことで、前に倒れ込む形になり、背の低い僕は彼女の双丘に顔を埋めてしまう。


「はい終わり! 早く教室行こう!」


 僕は恥ずかしくなり、即座に埋まった顔を体ごと離す。彩楓凜を見ると、手を僕の後ろに回そうとしていたので離れてよかった。体を固定されたら抜け出すのは至難の業だ。幸福度的に離れられなくなる。


「えーっ、短いよぉ。……ちょっ!? 待って! 置いてかないでぇ!!」



✧ ♡ ☆ ✟



 後方からの斜暉しゃきが前に手を繋いだ2つの影を作る。

 そんな何気ない普通の帰り道。けれどちょっと事件が起こった。

 いつも明るい彩楓凜の顔が暗いのだ。

 俯いていてこちらが声を掛けてみても反応してくれない。

 もしかして、学校では違うと言ってくれたけど弁当の量を多くしたのが嫌だった? 

 それとも量を多くした原因である彩楓凜が嫌いなピーマンを入れたからかな。

 うーん……まあ考えたところで、聞いてみないと本当のことは分からないか。


「彩楓凜、もしかして今日の弁当が嫌だったりした?」


 僕は声量を上げて量を多くしたこととピーマンのこと、どちらのことにも聞こえるような質問をしてみる。


「え? なんで?」


 ずっと上の空だった彩楓凜はようやく返事をしてくれた。

 しかし、何のことか分からないといったようにキョトンと首を傾げたので弁当は関係ないようだ。


「違ったのか。じゃあどうして元気ないの?」


 遠回しに聞いたところで伝わらない気がするので単刀直入に聞く。


「えっ。顔に出てた? えっとね、そのね……」


 彩楓凜は遠慮気味に言葉を捻り出そうとする。

 こんな彩楓凜は告白の時以外見たことがない。

 もしかして……別れ話だったり……?

 僕は心の奥がチクリと痛む。


「私気づいたの。黎威くんに甘え過ぎだって」


 彩楓凜がボソッと呟くと共に、夕日に照らされた彩楓凜の長い茶髪が彼女の顔を隠すように風でなびいた。


「へ?」


 僕が最悪の事態を想像して内心で震えていると、想像していなかった言葉が返ってくる。


「だからね……明日からは私が黎威くんを甘えさせるよ!」


 風が止んで髪が重力によって払われたら、彩楓凜は屈託のない笑みを浮かべながらこちらをまっすぐ見つめて宣言をする。


「っ!?」


 僕は想定外のことに絶句してしまう。

 彩楓凜からこんなことを言ってくるなんて。


「……成長したね」


 恐怖を感じていた僕は突然のことにこんなことしか言ってあげられない。


「えへへっ」


 でも彩楓凜ははにかんだ笑顔で照れてくれる。


「どうやって甘えて貰おっかな〜…………黎威くんは何して欲しい?」


 早速彩楓凜は思案したが思いつかなかったらしく、あろうことか僕自身に聞いてきた。

 僕が指定して良いのだろうか。


「そうだなぁ……勉強にやる気を出してくれたら甘えたくなるかもね」


 軽く悩んだ僕は名案を思いついたので彼女に伝える。

 これなら彩楓凜の成績が上がって僕は嬉しいし、彩楓凜もやりたいことを叶えられる。

 我ながら否の打ちどころない案だな。


「そ、それ以外で……」


 彩楓凜はわなわなと震えて懇願するように握る力を強めてくる。


「ふふっ。じゃあ――」


 そんなふうに僕達は明日からのことを計画しながら帰路についた。

 思えばこの時から僕達の関係と僕達を取り巻く環境が、少しずつ変わっていったのかもしれない。

 …………いや、そうでもないかも。





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