第3話 体育での悲劇
お昼ご飯を食べ終わった後の5、6時間目は体育の授業をぶっ通しで受けた。
しかし食後の運動とあってか、5時間目の時点で生徒の大半が顔色を悪くしていた。
その中でも彩楓凜は吐く寸前のような青ざめた顔だったので、僕が保健室まで連れて行くことに。
「大丈夫? いつもより弁当の量多くしちゃってごめんね」
ピーマンと一緒に食べれるように、彩楓凜の好きなハンバーグを2つ入れたのが不味かったのかもしれない。
「うぅ……黎威くんは悪くないよ。だって私の為にやってくれたんでしょ?」
「そうだけど……」
言い当てられたら何も言い返すことができない。
口を噤んで俯いた僕と、吐き気が限界を超えそうな彩楓凜は、無事保健室まで辿り着くことができた。
「失礼します!」
下を向いていた僕は彩楓凜の逼迫した状態を見て慌てて勢いよく戸を開けた。
「おわっ! な、なんだてめぇ!」
保健室で椅子に座って優雅に読書していた養護教諭の厳つい顔の朱美先生が驚いて、手に持っていた漫画を落とした。
落とした場所の角度的に、漫画の表紙が僕の視界に入った。
ん? 「私とツンデレ王子様」え、この人恋愛漫画を読むのか。
って今は先生の趣味なんてどうでもいいや。
早く彩楓凜を休ませないと。
「慌ててすみません。彩楓凜の体調が悪かったので連れてきました」
朱美先生の漫画のおかげで落ち着きを取り戻せた僕はしっかり用件を伝えることが出来た。
「あ? なんだよお前らか」
朱美先生は僕達を見た瞬間ため息をつく。
人見知りだった彩楓凜は保健師通いが多く、朱美先生にはよくお世話になっていた。
よく見舞いに来ていた僕も顔見知りである。
「袋持ってきてくれますか?」
「あいよ。確かここに……ほれ」
朱美先生は何の為に使うのかが分かっているかのように、疑問を抱くこともなくすぐに黒いビニール袋を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。彩楓凜使って」
それを僕はすぐさま彩楓凜に手渡す。
「……ありがと。すぅ……おぇぇぇぇっ」
彩楓凜は軽く息を吸った後、一気に体に溜め込んでいたものを袋の中へと出した。
ふぅ……ぎりぎり間に合ってよかった。
僕は彩楓凜の背中をさすりながら安堵する。
✧ ♡ ☆ ✟
「はひぃぃ……落ち着いたー。黎威くん元気になったよ!!」
10分ほど経っただろうか。
ビニール袋を顔の前に持って俯いていた彩楓凜は、ようやくビニール袋から顔を離して僕に抱きついてきた。
顔色を見た感じもう気持ち悪さはなさそうだ。
「もう体調は大丈夫だね。口の中臭いから……じゃなくて汚いから洗ってきなー」
「『臭いと汚い』ってほぼ同じじゃん……」
だってごまかせないくらい強烈な臭いなんだもん。
我慢して突き放してない僕を褒めて欲しいくらいだ。
「こっちまで臭ってくるから早く洗ってこい」
朱美先生も同調してくれる。
「うぅ。分かったよ……先生まで言わなくていいじゃん……」
彩楓凜は嘆息して、項垂れながら洗面所に向かってとぼとぼと歩いていく。
「……体育どうしよ。まだ5時間目だよな」
僕はふと時計を見て、どうするか考える。
6時間目からは彩楓凜も参加できるだろうか。
「安静にしといたほうがいいぞ。また気持ち悪くなるかもしれん」
朱美先生は僕の考えを汲み取って、6時間目も休むことを勧めてきた。
「そうですか……」
「サボりじゃない立派な理由があるんだから気にすんな」
「確かに……それもそうですね」
朱美先生の言う通りかもしれない。
「んー? 休むのー?」
と、洗面所から戻ってきた彩楓凜が問いかけてくる。
「うん。安静にしたほういいってさ」
「やったー! サボれるぅぅ!」
喜びを表すように拳を上げる彩楓凜。
彩楓凜はインドア派で運動は好きじゃないから嬉しいのか。
さっき朱美先生がサボりとは違うって言ってくれたけど、彼女の喜びようを見ると後ろめたくなってくる。
「はぁ……彩楓凜には運動しない代わりに、体育のレポートやってもらうよ」
「うぐっ、お腹が痛くなってきた……これじゃあ勉強は無理だね! 休もう! おやすみなさい!」
彩楓凜は駆け足で近くにあったベッドに潜り込み、こちらを向くようにひょこっと顔だけ出す。
流石勉強嫌い。逃げ足が早いな。
「今やっておかないと後で後悔するよ?」
「うぐっ……そうだ! 黎威くんが代わりにやってよ! 一週間分のお願い!」
論してみるも彼女にはあまり効かないみたいだ。
「嫌だよ。一週間分って短すぎ。せめて来世も含めた2生分のお願いくらいしないとね」
まぁそれでもやらないけど。
もし代わりにやってあげたら、遊ぶのが大好きな彩楓凜はどんどん勉強から離れていきそうだし。
彼女の為にならないことは目に見えているな。
「2生分て……そんなの聞いたこと無いよ……1ヶ月分ならどう!?」
「ダメ」
「2、2ヶ月は?」
ダメと言っても諦めない彩楓凜。
やれやれどうしたものか。
たぶんこのまま言い合っていたら6時間目が終わってしまう。
ここは一旦折れといた方が得策かもしれない。
「分かったよ。レポートはやめよっか」
「ほんと!? やったぁ! じゃあこっち来て!」
ベッドに座っている彩楓凜がおいでおいでと手を振ってくる。
「はいはい」
今は甘やかすことにして、明日はレポートをやらせよう。
決して彩楓凜の笑顔にやられた訳ではないと誓おう。
僕は早歩きでベッドに向かう。
「見せつけてくれるじゃねえか。あたしもこんな青春を送りたかったもんだ……」
後ろから、嘆くようなどんよりとした声が聞こえた気がした。
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