第2話 ハンバーグと天敵

 彩楓凜の奇行にちょっと引いてから時は経ち、4時間目が終わった昼休み。

 今の彩楓凜は「づがれだぁぁ」と言いながらぐだーっと机に突っ伏している。

 嘘をついてはいけないよ。

 彩楓凜より後ろの席である僕からは、教科書を立てて爆睡しているのが丸見えだった。

 ちなみに彼女の尊厳の為に言うと、寝顔は可愛かった。

 まぁ寝ている時点でアウトなのだけれど。

 しかしながらあの爆睡ぶりを見るに3時間目まで耐えていたのは称えるべきなのだろうか……。

 

「黎威くん、今日もみんなでお昼たべよー?」


 そんな思考に頭を悩まされていたら、いつの間にか件の彼女が目の前に来ていた。


「授業お疲れ様。勿論行くよ」


 こんな曇りなき笑顔の彼女を叱ることなどできるわけがない。

 決してヘタレなんかではない。これは仕方のないことなのだ……って誰に弁解しようとしているんだろ。

 さて、いつもの溜まり場まで行くか。


「あれ、2人は先に行ったの?」


 教室を見渡したが、友人たちの姿が見えない。


「うん! さっき鍵借りて先に待ってるーって言ってた!」


 お昼休みになったばかりだというのに行動が早いなぁ。


「じゃあすぐに行かないとね」


「だね!」


 彩楓凜と少し話している間に、僕達の溜まり場である屋上に着いた。

 この学校の屋上には、屋根付きのテーブルとテーブルを挟んで向かい合ったベンチが2つある。

 この場所は知られていないのかいつも誰もいなく、お昼どきは僕達が独占している。

 職員室から屋上の鍵を借りないといけないから面倒くさいのかもしれない。

 テーブルの方向を見ると、片方のベンチには既に2つの人影があった。

 彩楓凜の言う通り先に待ってくれていたみたい。


「乃藍、天蓮。お待たせ」


「お待たせー!」


 僕達は二人に声をかけながら、反対側のベンチに腰を掛けた。


「おそい。待ちくたびれた」


「余達も先刻来たばかりだ。そして乃藍よ、下らぬ諧謔は止せ。例えそうだとしても余達は烈火の天誅から乖離されているのだから待つのも酷ではないだろう?」


 おそいと言ったのが凍月乃藍いてづきのあで、「余」などちょっと厨ニみたいな喋り方をしているのが青陽天蓮せいようあれんだ。

 補足すると、烈火の天誅とは陽の光という意味である。

 乃藍と僕は出会ってから1ヶ月くらいだけど、二人共仲のいい友人だ。


「天蓮がいじめる。彩楓凜慰めて」


「わかったー! 天蓮くんいじめちゃだめだよー?」

 

 乃藍が俯いて顔を突き出し、彩楓凜が前かがみになって乃藍の頭を撫で撫でしながら、天蓮に注意をする。


「む、済まなかった」


「天蓮は謝る必要ないよ……」


 だって撫でられている乃藍の顔が恍惚としているから。

 天然な彩楓凜と真面目な天蓮はその事に気づいていない。


「黎威も撫でる」


 そして乃藍は何故か僕にも要求してくる。


「え、彩楓凜で十分でしょ。撫でるスペースないし」


「撫でて」


 彼女の圧に負けて渋々撫でる。

 僕は何でお昼休みにこんなことをしているんだろう。



✧ ♡ ☆ ✟



 5分間ほど乃藍の相手をしたところで、彼女が満足したので、やっと昼食を食べることができた。


「おおー! やったー! ハンバーグだ!」


 僕が渡した弁当箱を開けた彩楓凜は心底嬉しそうによだれを垂らしていた。

 そう、彼女は料理があまり得意ではないので僕が代わりに作ってきているのだ。

 僕と付き合うまでは、母親に作ってもらっていたらしいが、彼女が家に遊びにきたとき、僕が料理を振る舞ったら「黎威君の方がうまい」と絶賛し、僕に弁当を作ってくれと懇願してきたのだ。

 後日、彩楓凜の母親から電話が来たときは、終始悲しそうにため息をついていた。


「ピーマンも小さくして入れといたから、ちゃんと残さず食べるんだよ」


「え? あ......そんなぁぁ」

 

 彩楓凜はハンバーグに添えてあるピーマンを見て一気にテンションが下がった。

 可愛いから甘えさせたくなるけど、将来のためにピーマン嫌いは克服させないと。

 僕は心を鬼に――


「完食出来たら明日の弁当は彩楓凜の好きなものだけにするから」


「ほんと!? がんばるー!」


 ――できているのかな。

 この一連のやり取りを見ていた乃藍と天蓮はといえば、微笑ましい光景を見ているように、それはそれはにっこりと笑ってらっしゃった。

 なにか言って欲しいんだけど……。 


「うぅっ。苦いよぉ……でも明日のために頑張らないと!」

 

 といったことを繰り返し言いながらも彩楓凜は食べる手を止めない。

 なんだか心が痛くなるな。

 その後、無事彩楓凜はピーマンに打ち勝ち、完食致しました。





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