トミー 我が家のトマトは動き出す④

 「そう言えば、なんで私がご主人様なの?」

 ある時、私は気になって、トミーに質問してみた。

 正直、トマトにそう呼ばせているって、どんな趣味をしているんだとか思われそうなんだが。生まれて初めて見つけた人間だから、とか、ひよこみたいな理由なんだろうか。

「トミーが恩返ししたいからです!」

鶴の恩返しならぬ、トマトの恩返し、始まる? いや、トマトに恩を売った記憶ないな。スタッフとしておいしく頂いた記憶ならいくらでもあるけども。

「へえ、どういう……どんなことがあって恩返ししたいと思ったのかな?」

「それは……」

いつもニコニコ笑顔のトミーが、この時ばかりは真剣な顔をして、

「トマトワールド!」

と訴えた。

「トマト、ワールド……?」

既に名前がトマト感満載なのだが、トミーの話をまとめると、以下の通りになる。

 実はトミーはトマトワールドから来た住人。そしてトマトワールドの存在は、人間世界に知られてはいけないらしい。それはトマトだらけの理想郷。桃源郷ならぬトマ源郷を人間が見つけてしまうと、乱獲の恐れがあるからだ。

 ある日、悪者「タバコーガ」がトマトというトマトを食い荒らし、平和なトマトワールドを脅かした。そんな中、ご主人様が、悪者「タバコーガ」を退治してくれた。本来トマトワールドと人間世界は繋がってはいけないのだが、「賢い人たち」の意見によってトミーは恩返しをするためにやってきた。

「うん……」

 すごくコメントに困る。

 それはどこの世界線の記憶だ。

 細かい指摘として突っ込んでしまうのなら、なんで世界繋がってはいけないのに主人公「私」はそこにしれっと存在して悪者倒してるんだ。その話だと自分の種族はトマトになるのか人間になるのか。

 トミーの話はわからない。なんだかもう、気にしたら負けな気がした。

「そっか、そうなんだね、それで、恩返しをした後はどうするのかな?」

「トマトワールドに帰ります!」

「帰っちゃうのかあ。来た時みたいな感じかな? どうやって帰るの?」

軽い気持ちで聞くと、トミーの動きが突然固まった。口を開けて、「ハッ……!」という表情をしていた。どうやら考えていなかったらしい。「賢い人たち」がトミーを送ったというのなら、それくらい教えてあげなよ、と思ってしまった。でも、運命はトミーに片道切符を買わせたようだ。

「帰り方がわかりません……」

トミーは明らかに気落ちしている。

「来た時は、どんなふうに?」

「行ってきまーす、バイバーイって来ました」

それは多分、別れの挨拶の場面だ。

「ほら、何か異空間ワープしてきたとか、扉くぐってきたとか、もしわかればその反対をすればいいんじゃないかなーって。単純だけど」

「わーぷ……」

トミーは何も覚えていないらしい。

「仕事、ありますか?」

仕事をして気分を紛らわせようとしている意図が伝わってきて、私は胸がズキっと痛んだ。と思ったらトミーはニコッと笑った。

「恩返ししてくるって言ったので、恩返ししたら帰る方法がわかると思います!」

「そうだね……」

本気でそう信じているトミーを見ていると、心苦しい。それともトミーの言う通り、本当にわかるのだろうか。




 そんな会話をした次の日の朝。

「トミー……?」

やけに部屋が静かな気がした。

「あれ、トミー?」

呼んでも出てこない。

 玄関、台所、寝室、探しても見つからない。カラスにさらわれたか、と一瞬考えて、その可能性を否定する。換気をするとき窓はちゃんと網戸にしていたはずだ。

「トミー……」

嘘だ。そんなことあるはずがない。トミーがいないなんて。スペインのトマト祭り、トマティーナの動画でも見せてみようと思ったのが悪かったのか。

「わああ、ごめんなさい」

私は意気消沈した。

 今まで自分が見ていたものは、一人暮らしの寂しさから生み出した幻覚なんだろうか。そうだったらいろいろと悲しすぎる。

 私はスマホを開くと写真データを見返した。一枚一枚にトミーが写っているから、空想ということはなさそうだ。ちゃんと友達に送りつけた動画も残っている。少しだけ胸を撫で下ろせた。

 となれば、本当にトミーがどっか行ってしまったんだ。急にいなくなるならその前に「報連相」をしてほしいと、上司に怒られた言葉をそのままトミーにぶつけたくなるのだが、そもそもトミーが一緒にいてくれたことに対して、あまり感謝してこなかったな、と気づいた。

 本当に大切なものは、失ってから大切だと気づく。

「……」

 どこに行ってしまったのか。

 それは三日後にわかった。

 いつも通り会社から家に帰ると、実のなったトマトが鉢に落ちている。

「え?」

トマトが自然落下なんてあるのか? しかも室内で? と思ったら、トマトみたいな赤頭巾を被ったトミーが茎にもたれかけながら、ちょこんと座っていた。

 何ともまぎらわしい。

 トマトかと思ったじゃないか。

「里帰りしてました!」

「あ、そうだったの」

本当はもっと喜んであげたかったのだけれど、一日の疲れも相まってちょっと冷たい反応になってしまった。生き生きとしているトミーに、心配したじゃん、というのも野暮な気がしたのだ。

 それでも、私は表情が緩むのを感じた。戻ってきてくれたんだと心の底から安心する。目頭まで熱くなりそうになる。

「トミー、おかえり」

「ただいまです!」

 そして、里帰りの様子をトミーは話してくれた。

 トミーの話によると、悪者タバコーガは実は一人ではなく、集団だということが判明。タバコーガ衆を退治するために「賢い人たち」が話し合った結果、人間世界のトマト防衛技術をトマトワールドに輸入したいから調べてくるんだ、という新たな任務をトミーは受けてきたらしい。

 まだ続いていたのか、その設定。というかトマトワールド、普通に危機に陥っていませんか、それ。

 トミーは、いかにも照れています、というふうに頭をかきながら、話した。

「えへへ、頼りにされてるって言われちゃいました」

大丈夫? いいように使われていない? ちゃんと雇用契約はした? そう思ってしまうのは私の心がすさんでいるからだろうか。

「そっか、それはよかったね。とりあえず、殺虫剤でも買いに行く?」

「さっちょーざーい」

トミーはおうむ返しに繰り返す。あんまり単語を理解していないようだ。

「あ、うん、今度、何種類か買ってくるね」

トミーとの生活はまだまだ続きそうである。


(完)

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