トミー 我が家のトマトは動き出す①

 最近は便利なものだ。室内でミニトマトが栽培できるらしい。トマトに目がない私は、ネットで見つけたのを一目惚れして、購入画面をクリックした。

 栽培キットは三日後に届いた。

「どれどれ」

植木鉢、土、ミニトマトの種、肥料。土を鉢に入れ、種を入れて湿らせる。数日経って赤ちゃんみたいな新芽が出てくると、

「かわいい」

思わず写メを撮った。一人暮らしのOL生活をしている私にとって、トマトは唯一の共存する生命だった。

 トマトはゆっくりのんびりと成長していった。日当たりのいい窓際を占領し、のんびり日向ぼっこをしている。人間でそれができたらいい身分だ、とコメントしたり、会社で上司に叱られた日には「結局どうして欲しいんだか意味わかんない」とトマトに泣きついたりした。我ながらシュールな絵面だとは思ったが。

「トマト、私また間違えちゃったよ、私のバカ。トマトに話しかけちゃってるし」

夏に入ると花が咲き、青い実が膨らんできた。

 やった、もうすぐミニトマトが食べられる。ミニトマト食べ放題だ、と夢を膨らませる。

 初めての収穫は、気が早くて、まだ若干、青さが残っていた。ハサミでちょん切ると、すぐに食べるのも違う気がして、机の上に置いた。

「あ、ポスト見忘れてた」

今日、新作が届いているかもしれないんだ、と思い出し、外に出て戻ってくる。まだ届いていなかった。残念な気持ちになったがトマトを食べて気を取り直そうと思ったら、机の上にいたトマトが消えていた。

「え、うそ。どこ、どこにいったん」

机の下、椅子の下を確認するが見つからない。

 トマト、自然消滅。

 仕方がない、次のトマトに期待しよう。

 どこかで腐ったトマトが出てきそうで嫌だなあと思いながら、私は風呂場に行った。足元にサーッと、何かが動くのに気づいた。

「ネズミ!?」

いや待つんだ、現代日本住宅にネズミがいたらかなりの不良物件だ。私は振り返った。フローリングの床に、10センチくらいの何かが立っていた。

「何、これ」

視力が悪くてよく見えない。私はそれを平皿の上に乗せると、机に置いて、じっと観察した。

 トマトを彷彿させる丸っこい顔に、髪の毛のような、ふさとも言えるような何かが生えていた。赤いワンピースを着ているから、女の子と判定していいのか? いや、最近ジェンダーレスを社会は標榜しているから、女の子に見せかけて男の娘という路線もあり得る。とかよくわからないことを思いながら、どこかの町起こしのマスコットにいても違和感のない「それ」をじっと眺める。

 マスコットはふるふる震えながら、

「ごきげんよう、ご主人様! どんなご用でもつとめます。なんでもどこでも、ご命令のあり次第、力のおよぶかぎり、ご用をはたしに行きます!」

と初々しい声を上げた。子供はいないけど、子供の演劇を見ているような微笑ましい気持ちになった。

 何これ、かわいい。

 ニコニコしながら、訊いてみた。

「お名前は?」

「トマトです!」

「そっか、トマトかあ」

ということは私、トマトと会話していることになるのか。ついに仕事のストレスで幻覚を見るようになったのかもしれない。……うん、かわいいからいいや。

「なんでもって、何ができるの?」

「なんでもです!」

トマトは一生懸命、という言葉が似合うくらい背筋を伸ばして答えてくれた。

「よし、じゃあこの皿を持って机を一周してみて」

今トマトが乗っている平皿をさして、私はお願いしてみた。

「はい!」

トマトは自分よりも大きい皿を頭上に持って、歩き始めた。歩き姿が小動物だ。一周まで後少し、というところで、こけた。あっという間に、平皿の下敷きになった。

「大丈夫?」

持ち上げると、トマトは土下座した。土下座はトマトの社会にもあるらしい。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「いいよ、いいって」

トマトは、そう、トマトだった。

 ケースに入れて、観賞用にとっておきたいと思ったんだけど、だめだろうか。トマト愛護団体にトマト権を侵害していると言われて、抗議がくるかもしれない。

 スマホで「トマト 動く」と調べてみたが、変な動画しか引っかからない。

 購入したサイトを開こうとしたが、「このページは開けません」に変わっていた。ああ、そういう類なんですか、諦めて運命を受け入れるのが一番早いやつですね。

 人間は社会に順応できるように訓練されている。私は諦めてさっさと現実を受け入れようと思い、スマホを机に置いた。

 気がつくとトマトが土下座から懇願ポーズに変わっている。

「何か、何かできることはありませんか」

トマトは涙ながらに、必死で訴えた。

「うん、今日はありがとう。また明日からよろしくね」

 トマトの感情を刺激しないよう、できるだけ穏やかに話す。トマトが喋るなんて、流石に夢だろう。

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