百本の花束

 直子と出会ってから毎年、私にはとある慣習があった。毎年直子の誕生日に花束を買ってプレゼントするのだ。だいたい予算は五千円ほど。

 今年はどうしようかと考えていると、道中に花屋を見つけ、とりあえず中に入ってみた。昔ながらの花屋だ。地面が濡れ、入り口に黒ポットに植えられた花が所狭しと並んでいる。スーパーの商品なら、仮にバランスを崩して軽くぶつかってしまっても、まあ仕方ないかと言い訳が立つように思うが、生きている花達に触れるのは、値段がそれほど変わらなかったとしても、随分と心理的に申し訳なくなる。

 ウロウロと商品を眺めていると、店主らしい初老の男性が話しかけてきた。

「何かお探しですか」

「いえ、ちょっと……」

と言いどもる。

「妻の誕生日にと思いまして」

「おお、それは素晴らしい」

「予算は5千円ちょっとと思っているんですが、花束自体は毎年贈っているんです。だからいつもと違うようにしたいと思っているんですが」

いつも花束、というのも、ワンパターンな男だと妻に思われるだろう。でも他の宝石や食べ物では、自分がピンとこないのだ。あくまでも花を添えたい。

「なるほど。そうですよねえ」

と花屋の店長は一緒に考えていたが、急にポンと閃いて、

「ああそうだ、菜の花はどうでしょう」

「菜の花?」

「菜の花だったら、今までで一番大きな花束を作れますよ。黄色で可愛らしいですし」

 店主は笑顔で提案した。菜の花の花束、ありそうでない。私もそれはいい案だと思い、注文することに決めた。

 当日取りに行くと、確かにとんでもなく大きな花束ができていた。私は思ったよりずっと大きかったのに驚いた。黄色い光が乱反射したような、生命の原動力を感じさせるものだった。

 私も思わず笑みがこぼれた。

 プロポーズをした時の記憶が蘇ってくる。お互い若く、初々しかったあの頃。今は日常の中で慣れきっているが、心持ち次第で少しその新鮮さも蘇ってくるものだなと思った。

 百本の花束はしばらく、リビングで日の光を浴び、家庭に潤いを与えていた。

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