植物がテーマの短編集

武内ゆり

一本の花束

 5月12日は母の日。僕がそれを知ったのは、教室の壁にあったカレンダーを見たからだった。別に何か「しなくちゃいけない」と思ったからじゃないけど、ただなんとなく「何かしたいな」と思った。

 母さんの誕生日に「おめでとう」といつもお祝いしている。でも、そういえば何かプレゼントしたことはないや、と気づいた。

 家に帰ると自分の財布を開いて逆さにしてみた。10円玉やら100円玉やら音を立てて転がっていく。500円玉はないみたい。

 確かリュックにも入っていたはずだ。あさってみると、100円玉が数枚入っていた。全財産を集めて数えてみると、458円あった。僕はそれを財布に戻すと、外に出かけて、小学校の通学路から少し逸れたところにある花屋さんに入った。

「あら、いらっしゃい」

若い女性の店員さんが言った。そこにはいろんな花が咲いていて、どれがいいかわからなかった。

 どれがお母さんの好きな花なんだろう? 僕はわからなくて、レジスターに行くと財布を台の上に置いた。

「お母さんに」

話す番になって、急になんて言ったらいいのかわからなくなった。でも店員さんはニコニコして、じっと待っててくれた。

「どうしたの?」

「お母さんに、お花……プレゼントしたいです」

「あら、僕ちゃん偉いね」

店員さんはそう言いながら、

「ちょっと待っててね」

と奥に行って、店長、と呼んだ。僕は不安になった。お店の看板には一本300円とか500円とか値札が張っている。僕のなけなしの全財産じゃ、一本しか買えない、と気づいて、悲しくなった。泣きそうになった後ろで、話し声が聞こえた。

 それからニコニコ顔の店員さんと店長が出てきた。店長は日焼けしたパンチパーマのおばちゃんだった。

「僕ちゃん、今、花束作るからね」

と言われて、僕はホッとした。

 店員は300円のオレンジ色のカーネーションを一本手に取ると、周りにカスミ草をそえて、一本のカーネーションをきれいに飾った。それから茎の部分をアルミホイルで包むと、透明な袋に入れて、僕に渡してくれた。

「逆さまにしないようにね」

と店長に言われる。僕はとても嬉しくなった。一本の花束を大事に大事に抱えると、僕は胸が想像ではち切れそうになりながら、帰り道を歩いた。横断歩道を持っていると、白い蝶がカーネーションに止まった。

「あっ」

僕が声を出すと、蝶は飛んでいった。

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