夏祭り⑦

「しずくのことが好きです。俺と付き合ってください」


 ありのまま、俺は自分の気持ちをぶつけた。

 しずくは一瞬なにが起こったかわからないと言った様子で呆然としたが、加速度的に頬を赤く染め上げていった。


 ドン、と打ち上がる花火の音。

 しかしそれ以上に、俺の心臓の音がうるさく響いている。


「私でよければお願いします。先輩のカノジョにしてください」


 微かな沈黙の後、しずくの口から紡がれた言葉を俺はすぐに呑み込めなかった。


 告白にはいい思い出がない。

 真由葉に振られたトラウマがあったし、失敗するイメージがこべりついていたからだろう。


「あ、あの先輩? 私、オッケーしたんですけど、何かリアクションくれません?」

「え、ああ……悪い、現実味がなくて脳がフリーズした」

「もうちゃんとしてくださいよ。大事な場面なんですから!」

「お、おう」


 頭がふわふわして、夢でも見ている不思議な感覚だ。

 でも現実として、俺はカノジョができたらしい。


「えっと、本当に俺でいいのか?」

「いいからオッケーしたんです。それとも私に断って欲しかったんですか?」

「いや断られた一生凹む。立ち直れる自信ない」

「ふふっ。大体、私が先輩のこと好きなのバレバレだったと思いますけど?」


 しずくが覗き込むようにして、俺と目を合わせてくる。


「実際に俺と付き合ってくれるかどうかは別問題だし、不安でしょうがなかった」

「ふーん、先輩って意外と臆病なんですね」

「知らなかった?」

「いえ知ってますよ。臆病だけど、やる時はやってくれる人だって」


 俺はこめかみを指の腹で掻くと、視線をあさってに逸らした。


「それにしても先輩って私のこと好きだったんですね。ビックリです」


 しずくは早口気味に、白々しいことを言う。


「気づかなかったのか?」

「気づかなかったというか、わからなかったです。先輩が私のことどう思ってるのか。正直まだ不安なので、もっと好きって言ってくれませんか?」

「は、はぁ?」

「言ってくれないんですか?」


 不安を宿した瞳で訴えかけてくる。

 こういうのは卑怯だ。好きな子におねだりされて、断れる男は存在しない。


「す、好きだ。しずく」

「えへへ、私も先輩が好きです」


 くそ、可愛すぎるだろ俺のカノジョ。


 俺は本能の赴くまましずくの腕を引くと、思いっきり抱きしめた。


「ひゃぅあッ。せ、先輩ッ⁉︎」

「しずくが可愛すぎるからもっと触れたくなった」


 しずくの体温を身近に覚えながら、もう二度と離さないと言わんばかりに抱擁を続ける。


「こういうとこ先輩ズルいですよね」

「そうか?」

「私だってもっと先輩と触れたいって思ってました。そのタイミングずっと見計らってたのに、先輩は感情の赴くまま行動してズルいです」

「しずくになら触れられて嫌じゃないよ。触れたいならいくらでも触れて」


 しずくは頬を緩めると、俺の耳元でそっと囁いてきた。


「でも私は先輩に触れられる方が好みです。だからもっと先輩からしてください」

「しずくの方がよっぽどズルいじゃねぇか」

「そうですかね」

「ほんと、ズルイと思う」


 両目のまぶたを落として唇を差し出してくるしずく。


 躊躇いを覚えつつも、俺は勇気を出してしずくの肩に手を置いた。

 色とりどりの花火が連続して打ち上がる中、俺は目の前の女の子に夢中だ。


 徐々に顔を近づけていき、そうして接触を図ろうと──した時だった。


 ──ピロンッ


 狙ったようなタイミングで、スマホの通知が鳴る。

 しずくはパチリと目を開き、俺は俺でキスするタイミングを逃していた。


「あ、ごめん、なんか通知来た」

「りょ、了解です」


 真由葉からのメッセージが一件届いている。


 連絡にすぐ気づけるように、スマホの音量を最大にしてたからな。

 マナーモードにしなかった俺のミスだ。花火よりはずっと小さい音なのに、しっかりと聴き分けてしまうのだから人間の耳は優秀である。


『しずくちゃん見つかった?』


 そういえば、真由葉にしずくと会えたことを伝えていなかったな。


「誰からですか?」

「真由葉。しずくと会えたか? だって」

「先輩と会えたのは真由葉さんのおかげではありますが、もう少しタイミング考えてほしいですね。もしかして、あの人どこかで見てるんじゃないですか」

「考えすぎだ。ここは俺の家族としずくしか知らない穴場だし」


 真由葉に、無事に会えたことと感謝を送り、スマホの電源を落とす。


 しずくは居住まいを正すと、俯き加減に。


「そうなんですね。てっきり真由葉さんは知ってる場所なのかと」

「真由葉は知らないよ。てか、そこって気にするところか?」

「気にしますよ。私かなり独占欲強いですし、あれこれ気にしちゃうんです」

「そうか、大変だな」

「大変だなって、他人事みたいに言わないでください。私の問題は先輩の問題でもあるんですから!」

「ちょ、おい、しずく……!」


 しずくがグッと顔を近づけてきたため、俺は仰け反るような姿勢を取る。

 そのままブルーシートの上に寝転んでしまう。


 しずくは俺を見下ろしながら。


「私の頭の中、先輩のことでいっぱいです。ちゃんと責任とってください!」

「俺だってしずくのことでいっぱいだ。こっちの責任もとってほしいな」

「じゃあこれでいいですか?」

「え?」


 咄嗟に、しずくは俺の唇を奪ってくる。

 柔らかい知らない感触。でもそれを堪能する余暇がないほど、突然の出来事だった。


「先輩がウダウダしてるので、私の我慢ができなくなりました」

「ウダウダしてたわけじゃないんだが……今のはよく分からなかったからやり直しだな」


 俺はしずくを抱えて上体を起こす。

 今度は俺の方から彼女の唇を奪った。


 一瞬では終わらせず、何が起きているのか脳が理解できるくらい重ねる。


「好きだよ、しずく。これからも俺のそばにいてほしい」

「はい。これからは正式にバカップルしていきましょう」

「バカップルはしなくていい。目立つのは面倒だし」

「えー、見せつけましょうよ。私たちのラブラブっぷり!」


 しずくはムッと唇を尖らせると不満を垂れてくる。

 とはいえ、俺としずくはバカップルとして知名度を稼いでしまったからな……。


 しずくの問題は解決できても、別の問題は俺たちには残りそうだ。

 どうすれば平穏で矢面に立たない生活を送れるだろうか。少し考えてみるが、いい案は思いつかない。


 俺の高校生活は彼女の存在をキッカケに大きな変化を迎えている。

 目立つのは得意じゃないけれど、でもそれもしずくと一緒ならいいかもしれない。柄にもなくそう思う俺なのだった。

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